1848年創業、南部鉄器 老舗8代目に伺う鉄分と歴史――及富・菊地章<前編>

岩手県の盛岡、奥州が産地である南部鉄器は、1975年に国の伝統工芸品の第1号として指定されました。南部鉄器は鉄瓶や急須など、表面にほどこされた「あられ」と呼ばれる丸い突起が代表的なデザインです。

近年は自然に鉄分補給ができる生活道具として、美容・健康面からも注目されています。南部鉄器の老舗メーカー及富(1848年創業)の菊地章さんに、その歴史や魅力について伺いました。

菊地章

菊地章

南部鉄器工房「及富」8代目。1957年岩手県生まれ。1848年創業の南部鉄器工房「及富」6代目の次男として生まれる。東京造形大学彫刻科で彫刻と鋳造を学び、東京でのアトリエ勤務を経て1981年に及富へ入社。以来、南部鉄器職人として製作に携わりながら、デザインや商品開発、海外展開などを担う。

*Article content is based on information at the time of the interview

#1 170年以上の伝統

――及富(おいとみ)さんは1848年創業とのことですが、今年で何年くらい経つのでしょうか?

嘉永元年(1848年)からなので、今年で178年になるのかな。嘉永は江戸時代末期にあたる元号で、創業時には伊達藩の保護のもと茶釜を作る鋳物師として活躍しました。

及富は茶の湯から歴史が始まっています。特にこれまで急須や鉄瓶を多く作り続けてきました。

――創業時は宝生堂(ほうしょうどう)という名前だったそうですね。

この地域は元々「宝生(ほうしょう)」という地域だったこともあり、初代・及川勘太郎(おいかわ じんたろう)が宝生堂を創業しました。

初代から数えて5代目・及川富之進(おいかわ とみのしん)が「及富」を立ち上げました。及富という名前は、5代目の名前から引用されています。

及川の及(おい)に、富(と)んで進むという字。及富という名前について、末裔の私が感じるのは、すごく幸運な名前だなと感じています。

――菊地さんが職人となったのは何歳くらいでしょうか?

私は元々この土地の生まれですが、工房に就職したのが25歳の時でした。

25歳までは東京にいて、東京造形大学の彫刻科というところで色々勉強して、1年半くらい仕事をしてからこちらに戻ってきました。なので入ってからは、43年ほど経ちます。

―― 現在8代目として「 及富」にどんな想いをもっていますか。

この会社を引き継ぐにあたって、富がいろんな方たちに及んでほしいなという願いを込めて、私が会社の基本理念として「物を通じて全ての人に豊かさを届けたい」と意味合いを考えました。

元々、父や祖父から「及富とはこういう意味だぞ」と言われたわけではないんですよ。とはいえ、この地域の「宝生」という名前からも、いわゆる宝が生まれてくるところ。物理的な宝に限らず、精神的な宝も含めて、町が繁栄していく(=富が及んでいく)というのが本来あるべき姿かなと思っています。


#2 岩手で栄えた鉄産業の現場

―― 南部鉄器は岩手の盛岡、奥州が有名です。なぜ岩手で鉄産業が栄えたのでしょうか?

それは、やっぱり鉄が豊富にあったからです。東北は、鉄の鉱石がたくさん取れたところで、岩手だと今は廃鉱になったけど赤羽鉱山というところがありました。

あとは砂鉄ですね。川があって、そこから砂鉄が取れたりとかね、自然発生的とは言わないけども、鉄産業を行う環境が整ってたことが、継続してきた理由じゃないかなと思います。

―― なるほど、昔から鉄作りに岩手の環境が適していたんですね。南部鉄器の製造方法について教えていただけますか?

南部鉄器の製造方法は、「生型(なまがた)」と「焼き型(やきがた)」という2種類の製造方法があります。

まず「生型」は、砂を乾燥させずに生の状態で固めて、アルミの型に砂を詰めて上下で型取りし、その隙間に鉄を流し込みます。砂を機械によって圧縮して作るので、量産性に長けています。

生型に対して「焼き型」は、文字通り型を焼くので「焼き型」と呼びますが、砂を高温でしっかりと焼き上げてから鉄を流し込みます。

鉄瓶には「あられ」というポチポチした有名な模様がありますが、焼き型の場合は、ろくろで型を回転させながら粘土で型を作ります。

その型の内側に、あられ模様を出すための棒を3,000個も4,000個も押していくという、ものすごい根気のいる仕事になります。

何百年も前から行われている昔ながらの方法で、細かい模様を刻めるというメリットがありますが、生型に比べて制作日数が長く、一度に供給する数に限りがあります。


――実際に生型と焼き型では、制作日数や値段はどのくらい違うものなのですか?

制作日数は、気が遠くなるくらい違いますね。明らかに何日とは言えないけれど、もう何倍というレベルではなく、10倍は違うでしょう。

――10倍も違うんですね…

値段で見ると、焼き型は生型の3倍、4倍になります。あとは端的に言えない部分もありますが、作家としてかなり名前が売れた方だと、鉄瓶1つで10万円、20万円は普通にします。



#3 鉄分の大切さ

―― 南部鉄器といえば、鉄分が体に良いという印象をお持ちの方も多いと思います。

私たちの血液の中には鉄分があります。現代ではその鉄分が不足しています。これは随分前から言われていることで、血を構成するのに絶対に欠かせないものです。

不足している大きな理由は、土壌、いわゆる土の成分が農薬などでここ数十年で変化してしまったことにあります。

土のバランスが崩れることは、ある種、地球のバランスが崩れることであり、イコール我々の体のバランスが崩れることでもあるんです。本来あるべき姿の肉体ではなくなって、今は鉄分が全然足りていない状態です。

―― 鉄分が不足すると、貧血や慢性的な疲労感に悩まされることもありそうです。

それだけではなく、様々な化学薬品のようなもので体がいっぱいいっぱいになってしまい、それをデトックス(解毒)できない身体になってしまっている。まさに心も体も疲れているような状況らしいのです。


――鉄分が不足しがちな現代人に南部鉄器はどのような魅力があるのでしょうか。

南部鉄器を使えば純粋な鉄分が摂取できるので、それはすごく心にも体に良いものです。

今は世の中に鉄のサプリメントなども溢れていて、それを否定するものではありませんが、本当にこの地球という惑星を構成している成分の3割から4割は「鉄」でできているらしいです。

なので、それほど肝心要なものが失われていったら、自分たちも非常に危険な状態だなと感じています。

―― 最近は海外製も含めて、(内側をエナメルなどでホーロー加工した)錆びない鉄瓶も多いです。どのように考えていますか?

以前はホーロー加工するものもやっていました。市場がそれを求めていたこともあったからです。ホーロー加工した製品は、洗う時に錆びないし便利です。やっぱり錆びてくるとどうしても手入れをしなきゃいけないので。

ただ、徐々にホーロー加工を求める人が少なくなってきたと同時に、自分たちが皆さんに何を体験してほしいかと考えた時、やっぱり純粋な鉄を使っていただきたいと思いました。実は手入れもそんなに難しいことじゃないし、ある程度雑に使ってもなんとかなります(笑)

人によっては、最初は鉄を取りすぎたら痒みが出るとか、体が反応することもあるかもしれませんが、純粋なものをとり続けていれば必ず乗り越えられると私は思っています。

それは自分の身体で、地球の状態や自然の状態で考えれば分かってくるのではと。ここは直感的なところもあるので説明は難しいですが…

日本人ってそういう直感や農業もそうですけど体で感じてやり続けた後に、科学がついてきて後々エビデンスが解明されることも多い思うんです。