
アイヌ民族の衣服や靴、古くは奈良時代の太刀にも用いられていた魚の皮。現代においてはほとんど使われることのなくなったこの素材に今、新しい風が吹き始めています。幼少期から魚に魅せられ続けてきた青年が、独学で切り開く現代のフィッシュレザーの物語。養殖銀鮭水揚げ量日本一の町から生まれる新しい風に迫ります。
太田悠介さん
1997年生まれ、宮城県仙台市出身。3歳から釣りを始め、大学卒業後は釣った魚を食べて生活する自転車旅を経て北海道へ移住。アイヌの資料館で鮭の皮をなめしたレザーで作った製品を知り、魚の皮の可能性を確信。「自然の中で見る魚の皮の美しさを生かして、より身近に取り入れられるものを作りたい」とフィッシュレザーブランド「Dear Fish」を立ち上げる。
※記事内容は取材当時の情報です
幼少期の釣りの衝撃体験から四半世紀、留まることを知らない魚への情熱を一つの形に
日本一の養殖銀鮭の町に誕生したフィッシュレザー職人
──太田さんは、養殖銀鮭水揚げ量日本一の町・宮城県女川町でフィッシュレザーの職人として、そして釣りの環境整備と釣りを活用した観光コンテンツづくりに携わる地域おこし協力隊として活動されています。
それまでも釣りを中心とした生活をされていたとのことですが、子どもの頃から魚釣りが好きだったそうですね。
3歳の時、両親に投げて待つようなタイプの釣りに連れていってもらったのが最初でした。それから4歳の時に30cmくらいのカレイを初めて釣った際に海に引き摺り込まれそうになって、「魚のパワーって本当にすごい!」と体感しました。

──そこで一気に魅了されたんですね。20年以上釣りを続けてさまざまな釣り体験をされていると思いますが、今もその思いは変わりませんか?
1匹の自然の生き物と糸一本だけを通して向き合える。ある意味対等な関係で向き合っていると思うし、こんな経験は釣り以外あまりないのではないでしょうか。
──太田さんがいかに釣りに魅了されているかが伝わってきます。
めちゃくちゃ楽しいです。現在28歳ですが、子どもの時に衝撃を受けたあの時からずっとのめり込んでいるので。

──早速ですが、太田さんが手がけているフィッシュレザーブランド「Dear Fish」について教えてください。
魚の皮をレザーに還元して、魚の美しさや、魚に寄り添える生活をお届けするフィッシュレザーブランドです。使用しているのは、基本的に女川町の漁師さんが地元の海で獲った銀鮭の皮。銀鮭は食用に処理されると剥いだ皮は一部は養殖の魚用の飼料になりますが、それ以外は廃棄されることが多いので、その新しい活用方法として買い取ってレザーにして、さらに製品化しています。
──今見せていただいているこのレザーが銀鮭の皮ですか?
そうですね、これで半身分になります。

特徴は銀鮭ならではの細かい鱗。またこの「側線」と呼ばれる部分は、魚の皮ならではの大きな特徴の一つです。

魚特有の感覚機関で、ここで彼らは水流を敏感に感じ取って餌を取ったり、自然災害を察知したりしています。そんな魚ならではの感覚器官を写し出せるところがフィッシュレザーのいいところの一つだと思うので、側線をしっかり見せられるものを作りたいですね。
尾の部分以外は比較的硬さは均等でハリがあり、曲げて使える弾力性があるので使いやすいです。
──魚は独特の匂いがするのかなと想像していましたが、全然しませんね。
匂いはよく質問を受けます。全くしないわけではありませんが、植物タンニンでなめした匂いが残っているかな、というくらいです。

──皮の裏側はどうなっているんですか?
裏側は「床面」と呼ばれていて、魚ならではの繊維で少し毛羽立っているような感触です。

普通の皮と比べると若干使いにくさがあるかとも思いますが、それもフィッシュレザーならではを感じられる部分の一つだと思うので、大切にしています。
まず限界まで挑む。独学で磨いてきたフィッシュレザーの技術
自らなめした魚の皮から1点ずつ手作業で作り上げるレザーアイテム
──剥いだ皮をレザーにする方法を、具体的に教えていただけますか?
食品加工会社から皮を買い取ったら、大体1ヶ月半ほどかけてなめします。出汁や肉を落として洗浄し、植物タンニンに漬けて、伸ばして乾かしての繰り返し。そうすると真っ白になるので最後に染色をしてレザーになります。
──このレザーからどのような製品を作られているのか教えてください。
カードケースやキーホルダー、知育玩具などですね。

ハンマーで皮に穴をあけてから穴に沿って手縫いで縫っていきますが、糸や針の入れ方ひとつで縫い目の見え方がとても変わるので、考えながらの作業になります。この糸は麻の糸で、ロウがすでに縒(よ)られていて、ハリや強度が強くなっているものです。

──レザーの技術や知識は、どのように勉強されてきたんですか?魚の皮はほとんど今使われなくなっているとお聞きしたので、勉強する場所もかなり限られていそうです。
全て一人で試行錯誤しながらやってきました。
──基礎的な皮の扱い方とかも、誰かに習ったりはされていないんですか!?
そういったセオリーを習った方がいいと思いますが、最初にそれを知ってしまうと固定概念が生まれると思い、まずは一回自分の力だけでやってみようと。自分の力を最大限伸ばすような形でまずやって、それで限界を迎えたところで習いにいく必要があるんじゃないかなと考えています。

──独学で皮をなめして製品化するところまでできるようになるとは、すごいですね。
それこそ釣りがそうだったんです。全部独学でした。
──なるほど。
魚の知識も間違いなく現場が一番情報をくれると思っているので、現場に立ち続けることを何よりも大切にしています。実際に、川や海が常に情報をくれることを信頼してやり続けることで、魚に出会える確率がどんどん高くなっていくことを体感してきました。
──釣りもレザー作りも同じなんですね。
アイヌ民族からインスピレーションを受け、フィッシュレザーを現代に発信したい
時代にあった形でフィッシュレザーを表現するために、職人として成長の最中
──太田さんのフィッシュレザーへの思い入れの強さは分かりましたが、そもそもどうして「釣りが好き」からフィッシュレザーの制作へとつながったのでしょうか?
北海道に3年ほど暮らしていた時期があって、その時にアイヌの人たちが自然のいろいろな素材を活用して服や靴を作っていたことを知りました。そこで「魚の皮って、こんなにも活用できるんだ!」と驚いた経験が一番大きかったと思います。
本州でもいろいろな資料館や博物館で、魚の皮をなめしてレザーとして使っていたことも知っていたので、僕はそれらを現代に新しい形のレザーとして発信していきたいなと考えるようになりました。
──アイヌの人たちも使っていたということは、フィッシュレザーにはかなり歴史がありそうですね。
厳密にいつの時代から使われていたかは博物館の資料にも明確な記載がないので分かってはいません。ただ、彼らがアイヌ民族として北海道に来る前、つまり大陸のロシアの方から移動してきた時に、文化が継承されてきたのだと思います。500年くらい昔の素材は、風化することなく今も保存されています。

──そんなに昔から。
鮭はアイヌの言葉で「カムイチェプ=神の魚」と呼ばれていて、海から資源を運んできてくれる存在として、食糧としてはもとより皮も含めた全ての素材を生かして無駄にしません。鮭の皮は厚みがしっかりしていて水への耐性があるので、きっと使いやすい素材だったのでしょう。そして神の魚という特別な存在を身につけることで、アイヌとしての考えが宿っていたのではないかと感じています。

──アイヌの考え方とはどういったものでしょうか?
僕レベルとは全く違う思いの強さというか…歴史的な背景や彼らの文化、さらにその姿勢や思想を考えると、今博物館などで知ることのできる綺麗な部分だけではなく、もっと深くて大きい鮭とのつながりがあったのかなと思います。
──皮、特に北海道という土地から想像すると、アイヌの人たちは鮭に限らず熊や鹿などの皮も利用していそうですね。
僕も熊や鹿、牛や魚も実際使ってみましたが、薄さや硬さ、強度など、性質が全く違いますし、皮の違いは、着心地・履き心地にダイレクトに結びついていたと思います。

例えば鹿の皮はすごく柔らかくて繊維が網の目状でウールのように絡み合っていて、断熱効果のようなものがあります。魚は繊維がまっすぐで均等に格子状に入っている。油分が多い魚の皮の中でも、鮭は特に皮下脂肪が多いので、脂が浸透圧などを調整しているのではないでしょうか。
──アイヌ民族の文化にインスピレーションを受けられて、フィッシュレザーを手掛けるようになって。そのアイヌの文化を受け継ごう、残そうという思いとは違うのでしょうか?
今の時代に、誰にでも分かりやすい形で表現していきたい、というところではアイヌの人たちが作っていた皮製品とは違った新しい形だと言えるのではないかと思っています。
どう性質が違ってどんな形で使っていくかというところは、僕自身職人としてはまだまだなので、しっかり成長しながら見定め、魚の皮の魅力を誰よりも伝えられる人になっていきたいなと思っています。

──太田さんの魚へのまっすぐな揺るぎのない情熱に、思わず引き込まれたフィッシュレザーの世界。「レザー」とは言っても陸上の動物とは全く異なる鱗や側線といったその表情の豊かさを知り、興味はどんどんと深まるばかり。そして話は、長年魚に携わり続けてきたからこそ太田さんが感じる、魚たちを取り巻く環境や問題へ。日常では知ることが難しい魚のリアルな姿が見えていく。