鮭はもう生まれた川に帰ってこない?年400回の釣り経験で見えた、社会問題の「今」──DearFish・太田悠介<後編>

近年、よく目にする「魚が獲れなくなった」というニュース。農林水産省の漁業・養殖業の生産統計によると、1984年の1,282万tをピークに減少の一途を辿り、2022年には392万tと、約1/3まで減少しています。

日本の食文化と密接な鮭も減少している魚種の一つです。インタビュー後編では、長年魚と向き合い続けてきたフィッシュレザー作家・太田悠介さんだからこそ肌で感じる課題感と、若い感性から導かれる解決策を伺いました。

太田悠介

太田悠介さん

1997年生まれ、宮城県仙台市出身。3歳から釣りを始め、大学卒業後は釣った魚を食べて生活する自転車旅を経て北海道へ移住。アイヌの資料館で鮭の皮をなめしたレザーで作った製品を知り、魚の皮の可能性を確信。「自然の中で見る魚の皮の美しさを生かして、より身近に取り入れられるものを作りたい」とフィッシュレザーブランド「Dear Fish」を立ち上げる。

※記事内容は取材当時の情報です

年間400回の釣り経験から見えてきた、魚と人と環境の現在地

──前編で釣り好きからフィッシュレザーの職人になった経緯を伺いました。お話を伺うほどに、趣味のレベルを超えた釣り好き・魚好きぶりが伝わってきます。

釣りを始めたのが3歳とお話ししましたが、なので25年くらい続けています。数年前は年間400回くらい釣りをしに行ったりもしていました。

──それは、1日に1回以上の計算ですね(笑)!

そんな風に釣りを通してたくさんの魚と関わる機会が増えたこともあり、意識が変わってきたことを実感しています。特にここ数年、自分の中でもっと魚と関わりたい、釣りともっと本気で向き合いたいと思うようになりました。

──魚と本気で向き合うとは、一体どういうことですか?

必ず毎日1匹の魚と向き合うようにするんです。「スズキ」とか「イワナ」とか、大きい種のくくりではなく、目の前にいる1匹と向き合う体験を何百回、何千回も繰り返していく。そうすると、魚たちの個性やそれぞれの持つ美しさみたいなものがすごく見えるようになってきたんです。

──普段スーパーの魚などを見ても、種類の違い以外に個体差などはほとんど分かりませんが、太田さんには分かるんですね。

そうですね。ただ、1匹の魚と向き合うことを繰り返していて見えてきたのは見た目の美しさだけではありません。次第に、この魚たちが今どんな問題を抱えているかということも分かってきました。

──魚が抱える問題とは、どういったことでしょうか?

今、自然環境と人の生きる環境との境界線に、非常に難しい状況が出来上がっています。例えば淡水動物の中で一番種が多い魚・イワナは、生息する川に原種が存在するわけですが、放流などで原種が失われていってしまう場合があります。ダムを作ることで元々の川の自然な流れが削られてしまうといった人為的な環境の変化もあります。

──確かに。それは魚たちにとって大きな問題です。

一方で、ダムは僕ら人間の命を守るために作られたもので、自然災害が起きた時に被害を最小限に抑えてくれます。魚の生態系、人間の生活環境、自然災害…それぞれ管轄する人間が違うわけです。社会問題が起こる原因の一つには、このような異なる管轄の人たちが、それぞれの目線で一つの川に関わっていることが挙げられると思います。

──なるほど。異なる目線でバラバラに対策を考えても、根本的な解決にはならないということですね。

もう「獲れて当たり前」は通用しない、魚の進化

──他にもニュースを見ていると、漁獲量、特に鮭の漁獲量が減っていることが気になります。日々魚と関わっている太田さんは、どのようなことが原因だと考えていますか?

専門の研究者ではないので明確な答えは出せませんが、太平洋の黒潮の動きに注目しています。大体1~3年周期で起こる黒潮大蛇行という現象が、今回は昨年まで9年間ずっと続きました。黒潮は暖流で、本来沖縄側から上がってきて千葉から抜けていくはずが、大蛇行ではずっと北上してきて、冷たい親潮の勢力がとても弱かったんです。

それで東北の太平洋側では鮭の漁獲量が激減しました。宮城県北東部の南三陸町では以前は120匹ほど確認されていたのが、昨年は3匹でした。

──たったの3匹!

そういった潮の変化は原因の一つだと思いますが、これでは日本海側の説明はつきません。別の原因となると、やはり川の環境変化ではないでしょうか。

ダムができて鮭が遡上できない川が増えたり、護岸工事によって産卵できる場所が減っていたり…しかし、彼らも環境の変化に合わせて、毎年のように変化しているんですよ。

──え!?どのような進化をしているんですか?

多分、僕ら人間が感じているよりも大きな決断と大きな進化です。日本で一番多く獲れる鮭の種類「白鮭」は、産まれた川の支流に帰ってくる確率=回帰率が90%と言われています。それが進化するごとに少なくなっていき、サケ科魚類の中で一番新しいカラフトマスでは回帰率が約40%ほどです。

──サケ科の魚は必ず生まれた川に帰ってくるのだと思っていました。

カラフトマスは、子孫の繁栄ができる環境の川を選んで遡上しているわけです。現状が彼らが環境に適応し続けてきた最終形態だとすると、東北地方でこれまで鮭が遡上してきた地域は、もう彼らが住めない地域になっているのではないかと考えています。

繁殖できる場所を自ら選別しているから、日本を離れる鮭が多くなり漁獲量は減っている。彼らの中でそんな劇的な進化が起こっているのではないでしょうか。

──太田さんはこのような問題の背景を、どのように捉えていますか?

まず、現代の人間に合わせて社会が発展したことで、河川が自然界の生き物たちがどんどん生きづらい環境になってしまっているのではないかと思います。

そしてもう一つが意識の問題です。江戸時代、「資源はいくらでもあるから取り尽くしてしまえ」という考えから、鮭がほとんど消えてしまったことがありました。

その時は、新潟県村上市で青砥武平治(あおとぶへいじ)という人が、河川環境を変えることで鮭の遡上数を復活させました。彼は鮭の回帰性に着目して日本初の人工ふ化に成功した人物でもあります。

現代においても「いくらでもある」という認識の人は少なくなく、資源の有限性に気づくのが遅かったことは原因の一つになっていると思います。

魚を取り巻く現状に「問い」を持つ、そのきっかけに

──個体数の減少の話やダムの話など、様々な魚を取り巻く問題を教えていただきましたが、太田さんが特に強く感じている課題感があれば、教えてください。

もう課題しかないくらいの状態ですが、挙げるとすると「魚に対する知識」と「魚が生息する環境に対する知識」でしょうか。お世話になっている人で、社会問題に向き合っている映画監督の方がいるのですが、「社会の中で問いを生み出し続けることが全然できていない、それはすごく勿体無い」という話をされていてとても共感しました。

──それが魚についても言えると。

魚はもちろん、魚に関わる人たちや環境も含めて、「なぜこの環境になっているのか」「なぜこの魚はこんな風になっているのか」を関心を持てる形で問いを作っていくこと、つまり問題一つ一つに向き合い、整理し、精査し、問いを作る必要が、今、一つ大きな課題なのかなと感じています。

──魚を知れば知るほど、魚だけにとどまらない社会問題もよく見えるようになっていったんですね。

お話ししてきたような環境の問題は、全く世の中には出ていません。一方で僕は釣りを通してたくさんの魚たちと、そして1匹1匹と関わってきたので、人間と魚の関係性がすごく曖昧な現状の中でも魚たちにもっと関心を持ってもらえる形を作りたいと思ったんです。

そこで新しいきっかけ作りの一つとして導き出したのが、昔のアイヌの人たちが見せてくれたレザーという文化だったんです。

──フィッシュレザーに至る原点は、魚を取り巻く環境への問題意識にあったと。

現代のレザーという新しいアプローチから、現代に生きる人たちが魚に関わるきっかけを作れるのではないか。それも今住んでいる一番身近な町・女川町の魚をしっかりと見てもらえる形を作りたい、と、銀鮭でフィッシュレザーを始めました。

※宮城県女川町は日本で初めて銀鮭の養殖に成功した土地であり、日本一の養殖生産量を誇ります。

──フィッシュレザーを展開していくことで、太田さんはダムや魚の減少など、目に見えづらい課題を伝えようとしているわけですね。その先に期待する思いを教えてください。

昔は川でたくさんの子どもが遊んでいたりして、魚にしっかり興味を持って触れ合う機会がありましたが、今は魚や川の環境に関心を持つ人が少なくなったと感じています。

だから、フィッシュレザーの活動から魚だけではなく魚が生きる環境にも関心が生まれて、社会の中で魚と共存できる世界を少しずつ構築していけたらいいなと思います。

──個人レベルでは向き合うことが難しそうな、魚を取り巻く課題の数々。しかしフィッシュレザーの製品を手に取ってその個性や魅力を知ることは、難しいどころか心が躍る体験であり、見慣れない製品だからこその新たな気づきがあることも面白い。太田さんの手から、魚食文化を中心に日本人の生活と密接な魚たちの未来に一石を投じられ、水の波紋のように"気づき"の広がりが生まれていく、そんな近い将来への期待が膨らんだ。