100本曲げれば、30本は折れる。秋田・大館、曲げわっぱ職人の手仕事──りょうび庵〈前編〉

100本曲げれば、30本は折れる。湯から出した瞬間に冷め、急げばシワになる。天然秋田杉の伐採が終わったのは2012年のことです。職人たちが今手にできるのは、100年かけて育った木だけ。その貴重な材を沸騰した湯で煮て、素手で曲げ、桜の皮で縫い上げる。秋田・大館に残る、国の伝統的工芸品「曲げわっぱ」の職員仕事を、業界40年の代表・石倉良彦さんと、女性初の伝統工芸士・伊藤さんに伺いました。

石倉良彦

石倉良彦さん

秋田県出身。大館市内の曲げわっぱ工場に30年間勤務し、定年後、60歳で「りょうび庵」を立ち上げる。創業当初から「古くて新しい曲げわっぱ」をコンセプトに掲げ、フランスパンを入れるバケットコンテナーや曲げわっぱのカップなどの新商品を開発。各種メディアにも取り上げられる。

※記事内容は取材当時の情報です

#1 100本曲げて、30本折れる

沸騰した湯、桜の皮、米の糊。江戸から続く手仕事のすべて

──曲げわっぱの製造工程について教えてください。
まず、曲げの作業からですね。これが一番曲げわっぱの重要な部分なんですね。基本的には80度から100度の沸騰したお湯の中で木を煮て、型に巻きつけて曲げていきます。

各工房さんで商品の型が全部ありますから、1個ずつ型に巻いていく。昔から「ゴロ巻き」と言って、型に木を巻いて挟んで転がしていくやり方もあります。

──曲げるときのコツのようなものはあるのでしょうか。
秋田杉はすごく柔らかいんですよ。お湯に入れていると木目によってはものすごく柔らかくなるから、最初は僕もパンパンと早く畳むようにやったんです。

それでも曲がるんですよ、ほぼ折れないくらいに。でも柔らかいまま早くやると、乾燥させたときに内側がシワになっちゃって、それを取るのが大変になるんです。

だからゆっくり目にやる。柔らかくても、ゆっくり目にやるというのが結構大事かなと思います。

──それでも折れてしまうことはあるのですね。
100年物の材料であっても天然物であっても、100本曲げると3割くらいは折れます。もったいないんですけど、折れたものはもう使えないんですね。

湯から出した瞬間にもう冷めちゃうんですよ。蒸気や空気に触れるとすぐ冷める。冷めたらもう折れますから。急がないといけない、けれど早すぎても今度はシワになる。

このバランスがやっぱり一番難しいところだと思います。

──曲げた後の工程はどうなるのですか。
曲げて乾燥させた後、接着をします。そしてこの桜の皮で縫うんです。江戸時代って接着剤がないわけですから、米を糊状にしたものをつけて、その上から桜の皮で縫ったと言われてます。

桜の皮はこういう厚い状態のものを、刃物でどんどん薄く削っていって、最後はものすごく薄い状態にして縫い糸にするんです。

伊藤さん:桜の皮って、引っ張ったときの強さは結構あるんです。多分、身近にあったもので一番丈夫だったんでしょうね。

今は接着剤がありますから飾り的な要素が大きくなってますけど、ないとやっぱりちょっと寂しい。アクセントとして残してます。

──底板をはめる工程もあるそうですね。
うちの方では底板をダブルで入れてます。まず1枚入れて、その上からもう1枚被せる。だから底板が抜けるということは絶対にありえないんです。蓋も同じように2枚入れてます。

1枚でやっているところもありますけど、うちはこの方法を取ってます。体験に来たお客さんにも、カットしたものを見せないと「本当かよ」と疑われますからね。

──最後の塗りの工程についても教えてください。
塗りは全部吹き付けでやります。下塗りをして、ペーパーで一回全部磨いて、中塗りをしてまた磨いて、仕上げ。

うちの方では1週間から10日かかります。他の工房さんは3日くらいで上がってくるんじゃないかな。刷毛(はけ)だと毛がついたりするもんですから、みんな吹き付けです。食品衛生法もクリアしたウレタン樹脂を使ってます。

──手作業にこだわる部分と機械の部分は、どのように分けているのでしょうか。
うちはほぼ手作業が主です。底板をはめるのも1個ずつ手で合わせていきます。他の工房さんは機械で同じ型で抜きますから、目をつぶっても入るような形になるんですけど、うちにはそういう機械がないもんですから。

ただ、材料を削って薄くする工程だけは機械を使ってます。昔みたいに鉋(かんな)でやってたら1年に1個しかできないですからね。最低限の機械は用意してますけど、それ以上は用意できません。

#2 天然秋田杉はもう伐れない

曲げわっぱの"材"をめぐる歴史と危機

──曲げわっぱに使われる秋田杉について、お聞かせください。天然の秋田杉は、もう伐採できないと伺いました。
そうですね。平成24年だったと思いますけど、天然秋田杉の伐採はもう終わってます。今、私たちが使っているのは「高樹齢材」と言って、100年前後の材料を仕入れたものです。

昔は本来であれば、自分たちで丸太をカットして角材にして、自分の使うサイズに加工していたんです。ですが、うちの工房の規模を考えると、板の状態で買ってきて即戦力で使えるようにしないと、とてもやっていけません。

──100年物の秋田杉というのは、昔のものとはやはり違うのでしょうか。
今から30年、40年前の天然秋田杉と言うと、色が全然違いますからね。ピンク色に近い、赤っぽい色なんですよ。

私たちは「赤身」って呼ぶんですけど、今の材料は昔みたいなピンクの色味はもうないです。やっぱり環境にもよるんでしょうね。材料もそれなりに空気を吸ってるんだと思います。

──材料の取り方にも独特の技法があると聞きました。
原木から材料を取るとき、「柾目取り」という方法でやらなきゃいけないんです。

「板目取り」という木目が見えるような取り方もあるんですけど、板目で取ると曲げたときに変形するんですね。

だから柾目取りでないとダメなんです。で、原木から柾目で取って使える部分って、ほんの四分の一もないかな。

外側の白太の部分と、芯の部分は使えない。このドーナツ状のところだけを使うわけですから、ものすごく高い材料になってしまうんですよ。

──100年の杉がそもそもそう何本も取れるわけではないですよね。今後、どうされていくのでしょう。
杉に限らずどの木でもそうだと思うんですけど、必ず間伐をします。3本あったら間引いていかないと、他の杉が育たないですから。

ある程度50年・100年と経っていくわけですけど、今は国で管理している森もありますから、そこにお任せするしかない。

100年、誰がそれを見届けますかという話なんですよ。だから材料は本当に貴重です。「無駄にするな」ということは、常日頃から言ってます。

──中国製の曲げわっぱとの違いについても、伺えますか。
中国の曲げわっぱというのは、私たちのように煮て曲げることはしないんですよ。薄い板を何回もぐるぐる巻くんです。

接着剤でくっつけて、水が入ったら膨らむでしょう。それで底板が抜けたりする。お客さんから「底が抜けた」「蓋が外れた」という問い合わせが来て、写真を送ってもらうと、まず99パーセント中国製ですね。

小口を見ると分かるんですよ。薄い板をぐるぐる巻いてるもんですから、外と中で色が違ったりする。5,000円から6,000円くらいまでのものはちょっと危ないですね。真面目にやってるのが馬鹿らしいと思いますよ、正直。

#3 曲げわっぱが"日常の器"である理由

梅干しひとつでも、この器に盛れば美味しく見える

──曲げわっぱのお弁当を使うからこその良さ、実用的な部分を教えてください。
曲げわっぱはまず軽い。それと天然の断熱材なんです。ご飯やおかずを入れても痛みにくい。外が熱くても中まで熱が入りづらいですし、冬にカチカチに冷たくならない。「痛みにくい」というのが一番あるかなって。

本来であれば、昔から曲げわっぱの器というのはお弁当が主力なんですけど、何を入れても、たとえば梅干し1個でもやっぱり立派に見えるわけですよね。

昔なんかおかずなんてないわけですから。蓋にもご飯を入れて、本体にもご飯を入れて、梅干しだけ。2食分くらい詰めてご飯だけ持っていったと言われてます。

だからやっぱり器によって美味しさが倍増するというのはあると思います。

──お弁当の扱いが見直されて、若い世代にも広がっていると伺いました。
ここ5年くらいですかね。YouTubeやインスタで「こういう洗い方がありますよ」「こういう使い方がありますよ」と紹介されてから、一気に20代、30代の方が使い始めたんです。

以前は「このお弁当、洗えるんですか?」というお客さんもいたくらいで。中性洗剤でジャブジャブ洗って、空き干しする。

それが一番楽なわけですから。食器と一緒に洗えるということで、若い人がものすごく増えましたね。前は40代後半から50代、60代が主流だったんですけど、今はもう20代、30代が主力です。

──実際に石倉さんはじめ、社員の皆さんも曲げわっぱを使われているんですか。

うちの職人も私も、毎日曲げわっぱのお弁当に入れてきてます。まさかプラスチックやアルマイトのお弁当箱には入れませんので。

製造元が使わないで誰が使うんだと思いますから。しかもうちの職人は、自分で作ったお弁当箱を自分で使ってます。使ってみないと分からないじゃないですか。

自社製品を使って、こういう時はこうですよねと、自分で自覚してもらわないとダメなんです。

──長く使えるというのも魅力ですよね。
うちのスタッフでも、7年使っても全然平気ですよ。10年は大丈夫。

案外と木製のものって高いんでしょうけど、10年使ったら、たとえば1万円のお弁当箱を買ったって年間1,000円ですよ。300何日使ったらいくらになりますかと。

それに修理も再生も全部できるんです。桜皮が切れたら縫い直す、蓋が割れたらつけ直す。パーツで蓋だけ売ることもあります。

木製品というのは、こういう形で再生ができるというのも大きな魅力だと思いますね。

後編に続く > 芸術品じゃない、使ってなんぼ。曲げわっぱ職人の哲学──りょうび庵〈後編〉