石を削り、溶かし、曲げる。太古の地球からの贈り物“石”が望む姿を「器」に映して──石山人工房・三輪崇<前編>

岐阜県羽島市に、石を削り、焼きながら曲げて茶碗などの器を作る工房がある。名前は「石山人工房」。先代が石と向き合い始めてから60年超、その唯一無二の技法は二代目へと受け継がれ、さらにまだ誰も踏み入れたことのない領域へと進化の途上にある。正解を誰も知らない “真っ暗な道”を一心不乱に突き進む、その理屈を超えた情熱に迫る。

二代目石山人 三輪崇さん

炎と石で器を作る陶芸家「石山人工房」二代目。黄綬褒章を受賞した現代の名工・初代石山人・所一郎氏に2015年より師事し、二代目を襲名。岐阜県羽島市を拠点に自然界磁気岩(火成岩)の中から選び抜いた岩石を切削・成形後に高温焼成する独自の技法で抹茶碗や酒器、花器など石の器の制作活動を行う。東福寺塔頭光明院や銀座三越、パレスホテル東京で個展・展示も開催。

(※記事内容は取材当時の情報です)

#1 石を限界まで削り、溶かし、曲げる器作り

唯一無二の技を受け継ぎ、さらなる進化をさせる二代目

──「石山人の石の器作り」について教えてください。 

火成岩という長い時間をかけてマグマが冷えて固まった岩石を削り、器の形にして焼き上げます。器や焼き物というと土で作るものをイメージしやすいかと思いますが、石は土と全く性質が違い、焼いても収縮しませんし、どちらかというと土よりもガラスに近いですね。

石を炉に入れて焼き、柔らかくして曲げるところが石山人工房独自の技ですが、融点に達すると一気に崩壊してしまいます。僕としては形は維持したいけど表面は溶かしたい。そこで石を敷いて押さえて焼いています。

──この艶感はどうやって出しているんですか?

「いい釉薬をかけていますね」と皆さんおっしゃいますが、実は釉薬はかけていません。100%石なんです。釉薬に見える艶は、石の中に含有されているシリカ=ガラス質が溢れて艶を出しています。

──原石はどのように選ばれるのでしょうか? 

大きいものだと5~6mくらいの巨石を見て歩いて、良さそうだと思うものを石屋さんに切ってもらいます。石には年輪のような「石目」と呼ばれる部分があり、石の種類や石目によって向いている器が違ってくるんです。何種類か器のシリーズがありますが、それぞれになりたそうな石を選んで割ってあげた方がいいかなと。 

──石はどれくらい割ったり削ったりするんですか? 

例えばこの石は「磐華」という抹茶椀にしますが、今は6kgくらいですが、最終的に400gくらいになります。

──え!?ほとんどを削ってしまうんですね。

芯の部分だけ残すイメージで、90%以上は削るわけです。独り立ちしてからは、師匠のやり方だけにこだわらず、自分でより最適な技法を追求して見つけていっています。

──すごいですね…!

一番時間がかかる器が「空(くう)」という器です。旋盤機を使って穴をくり抜いていきますが、最終的な仕上がりよりも3~4倍の厚み、大体1cmくらいまでしか削れません。

あとは砥石を使って手で磨いて磨いて、石にとって限界の2~3mmまで削ります。それは何百時間も…1ヶ月のうち、20日以上磨いていますね。これがとっておきの「空」です。この赤がすごいでしょ? 

#2 心は無に。答えは全て石の中にある

完成形が分からないからこそ、石の可能性にこだわり続ける

──石山人の作品にはいくつかシリーズがありますが、その中で「空」はどのような器なのか、教えていただけますか?

石を割るときには、どうしても「ああしたい」「こうしたい」という我が出てきてしまいます。そう思って鑿(のみ)を下ろすと、大体失敗するんです。

やはり石が割れたいように、特に石目に沿って割れることが多い。当然石目を読みますが、読んだ上で作為を入れるほど、石のなりたい姿からは逸れていくような気がするんです。

──石にはなりたい姿があるとは、考えたことがありませんでした。

だから敢えて自分を捨て、石に向かって空っぽの心で鑿を下すのがいい。これは薬師寺の高田好胤(こういん)師が「空の心」と呼んだ、偏らない心、こだわらない心、とらわれない心と同じ。無心で鑿を下ろして自分のなりたいように割れた石を、どう器に仕上げていくかが職人の腕の見せ所だよね、という意味で「空」なんです。

──最初に石の足を付けて焼こうとしていた器はなんという名前の器ですか? 

鑿でひたすら叩いて作る「禅-ZEN-」という抹茶椀です。一つ作るのに2万回ほどひたすら叩きます。1~2時間叩き続けていくと、だんだん叩く音以外の音がスーッと消えていって視野もすごく狭くなるんです。要は、徐々に自分がなくなっていくような、無我のようなところへ没入していく感覚になる。それで禅宗の修行になぞらえて名付けました。

──焼く回数や、焼く中で「これだな」という仕上がりは、どのように決めていますか?

運です。完成形は自分には測れないし、何色が出るかもわかりません。焼いてみて赤が出ると分かっても、どんな赤が出るかは未知数。同じ産地でも年代や成分が違えば、やはり色は変わります。焼く温度の違いも然り。

あとは自分がどこまでこだわれるか。「空の心」と矛盾するかもですが、さっきの「空」は、あの赤がパッと出て、「ああ、これがいい」と思った瞬間で止めました。

この器は1100℃くらいの段階で黒くなり、「もう一歩先へ行ってみよう」と思って焼き続けたんです。当然崩壊するリスクと背中合わせで、実際にヒビが入り「しまった」とも思いましたが、その先に行きたかったんです。そうしたら溶けた石で自然とヒビは埋まりました。

──すごいですね。先程限界ギリギリまで削るお話もありましたが、削りすぎて穴が開いたりすることはありませんか?

あります。それを昔は捨てていましたが、何億年も前に噴火して固まってできた石が巡り巡って僕のところに辿り着いたなんて、地球からの贈り物だとも思うわけです。これは地球のかけらであり、「穴が開いたからダメだ」では終わらせたくはない。そこで、石を曲げる技術から派生して、マグマで埋める方法を開発しました。

──そんなことまでできるんですね。

石を曲げたり溶かしたりすることを極めていくと、色々なものがクリアになっていくんですよ。昔はなんとか消そうと思ったヒビも、生かすことも埋めることもできる技につながった。それが二代目石山人の味かなと思っています。