
コンクールに16年間出し続けて賞をもらえなかった時期、祖父と父を相次いで亡くし作並で唯一の作り手になった日を乗り越え、今もこけし作りに向き合っています。
「伝統は古いものじゃなく、更新されていくもの」カラフルで多彩なこけしもつくる平賀さんが考える、伝統を守る事とは何なのでしょうか。
平賀輝幸さん
1972生まれ。宮城県出身。祖父・父の代から続く家業を受け継ぎ、高校卒業後から本格的に作並こけしの製造に従事。平成26年(2014年)の全日本こけしコンクールで最高賞の内閣総理大臣賞を受賞するなど現代こけし界を代表する匠の一人。また、作並こけし唯一の作り手でもある。
(※記事内容は取材当時の情報です)
#3 賞をもらえなかった16年間
腐りそうになった日々と、他系統の職人が差し伸べた手
──長く続けるうえで、心が折れそうになったことはありましたか?
はい、全日本こけしコンクールに16年間ずっと出し続けて、賞をもらえなかったんですよ。
「なんで俺だけもらえないんだ」って腐りそうになったけれど、出していなければもらえないんだからって親から言われて、ずっと出し続けました。
初めてもらった時は本当に嬉しかったですね。
──16年というのはすごい時間です。諦めなかったのはなぜでしょう?
同業者の他の系統の先輩たちが、助けてくれたんですよ。白石(しろいし)や遠刈田(とおがった)の職人さんたちが、「こうやって荒くつくるといい」とか、道具の作り方まで丁寧に教えてくれました。
本来、お客さんを取り合うライバルみたいなものなのに。泊まらせてもらったりもして、木材の業者さんを紹介してもらったりもしました。本当にありがたいです。
──同業のライバルにあたる方が、なぜそこまで?
作並の継承者が自分1人だからっていうことで、目をかけてもらえたんだと思います。下のやつを育てていこうっていう、先輩たちの人間味ですね。だから今でも本当に感謝しています。
──初めての受賞した際は、どんな気持ちでしたか?
突然電話がかかってきて、びっくりしましたよ。白石市のコンクール主催側から電話が来て、今まで一回も貰えてなかったら本当に嬉しかったです。

#4 一人になって初めてわかった重さ
祖父・父を相次いで失い、作並で唯一のこけし職人となった
──作並こけしの8代目、平賀家としては4代目にあたるんですよね。長い歴史の中で、特に印象に残っている出来事はありますか?
やっぱり、突然親父が倒れて、じいさんも亡くなって、1人になったことが一番大きかったです。

3人でやっていたから、1人でやっていくっていうのは、ちょっと衝撃的でしたね。隣のおじさんも、駅前のこけし職人さんも、みんな次々に亡くなられてしまって。
やっていけるのか不安もあったし、なかなかこっちから聞けなかったことも多くて、教えてもらえないまま来てしまったこともあります。
──先程の話も踏まえて、ご自身の代になって変化したことはありますか?
3人でやっていた時の値段のままでは本当に厳しくて、段々と値段を上げてもらったんですけど、その何年間かは本当に厳しかったです。
大量にできた3人の時と比べると、収入が単純に3分の1になってしまうんですよね。生産量も減るし、展示会に出る日も減るしで。本当に暮らしていけないような感じになって。
──そんな状況でも、続けてこられた支えは何だったのでしょう?
ありがたいことに、向かいの旅館やホテルさんが「こけし屋さんがあるから見に行ってください」と言ってくれて、そこで買ってもらえたりもしました。
そういう形で助けてもらいながら、なんとかやってきた感じです。
──先代の技術で「これは真似できない」と思うことはありますか?
じいちゃんのスピードは、ちょっと真似できないですね。60cmくらいの大きいこけしを、平気でボンボン作ってしまうんで。私はハラハラしながら、怪我しながらなんとか作ったくらいで。
3人でろくろを並べて「どっちが早く削れるか」なんてやってたこともありましたけど、じいちゃんには叶わないですね、本当に昔の職人さんは早いから。
──作並で今、唯一の作り手だということを、どう受け止めていらっしゃいますか?
寂しいですね、やっぱり。近くに他の系統の方はいますけど、作並では1人でやるっていうのはちょっと寂しいです。
誰かいれば張り合いもあるんでしょうけど、もう己とのたたかいというか。ライバルというか、一緒に切磋琢磨していける人がいないっていうのは、モチベーションという意味でも難しいですね。


#5 伝統は更新されるもの
新しいこけし、伝統のこけし。平賀さんが考える作並こけしの今後
──伝統を守ることについて、平賀さんはどう向き合っていらっしゃいますか?
伝統工芸もだんだん売れなくなってきてね、カラフルなこけしとか、季節に合わせたこけしも作ってきました。
集めている方からは「こういう色遣いは伝統じゃない」と言われることもありましたけど、伝統こけしをきっちり作っていれば、そっちと分けて作ればいいんじゃないかなという考えです。
新しいものを前面に置いて入ってもらって、「実は伝統こけしというものもあるんですよ」って知ってもらえればという感じですね。
──時間がある際には伝統こけしも、というお気持ちがあるんですね。
そうです。どうしても時間がないと売れる方ばかり作ってしまうこともあるけれど、心のどこかではやっぱり伝統を残していかないとなっていう思いがあります。
ある記事で「伝統は古いものじゃなく、更新されていくもの」という言葉を拝見したことがあって。そうだなって思うんですよね。
私のこけしがどれが伝統なのかはちょっとわからないですけど、新しいものを作りながら、昔のものにならいながら、自分なりに修正したものも作っている。それがいまの自分のやり方です。

──お客さんとのやり取りで印象に残っている出来事はありますか?
誕生こけしを作っているんですよ。生まれた子供の身長に合わせて作るんですけど、頼んでくれた方が、大きくなった子供と一緒に写真を撮ってきてくれてね。
こんなに大きくなったって見せてもらった時は、なんか嬉しくなりましたね。お孫さんのために頼まれたこともあって、おじいちゃんおばあちゃんがお孫さんたちとこけしと一緒に撮った写真を見せてもらって。
ちゃんと育ってくれてんるんだなと、作ってよかったなって。可愛いね、いいこけしだねって言われることが一番嬉しいですね。
──こけしの魅力を、まだ知らない方に伝えるとしたらどんな言葉をかけますか?
見てもらって、癒しを感じてもらえるこけしでありたいなと思っています。普通の生活に馴染んだこけし、そういうのがいいなって。
子どもの身長に合わせた誕生こけしのように、生活の中に自然に入っていけるもの。現代版の子どものおもちゃとしてまた復活できたら、それもすごく面白いと思っています。

──最後に、平賀さんにとってこけしとはどんな存在ですか?
一生付き合っていくものですね。自分の子どもと一緒にやれればという思いで今、仕事しています。
他に弟子でも来てもらえるなら一緒にやりたいし、若い人がこけしを作ったらどうなるのかっていう興味もあります。自分はこんな感じだけど、他の人はどんな風に作るんだろうって。
自由に作らせたら、全然違うものができるんじゃないかなって。そういう可能性も含めて、まだまだこけしには面白いことが残っていると思っています。
