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燕三条で120年、切らずに削る爪やすり──吉田ヤスリ製作所<前編>
「これが壊れちゃったら、本当におしまいだな、という状況ですね」
爪やすりの目を打ち込む機械は、1950年から60年代に作られた鋳造のもの。同じものを作れる鉄工所は、もう残っていません。
ステンレスの板に、斜め右、斜め左、水平と計3回、山を打ち込む。この作業を「目立て」と呼びます。
ただ、吉田ヤスリ製作所が行う目立ては、爪やすりの工程の一部分です。プレス、コバ取り、研磨、洗浄。1本の爪やすりは、燕三条の8社を回って仕上がります。
中編では、爪やすりを作る際に重要な目立ての技術と、燕三条8社の分業について伺いました。
#3 金属加工の聖地が誇る目立ての技術
――「目立て」というのは、改めてどういうものなんでしょう。

吉田尚史さん:
やすり目の、目を立てる、というのが一番イメージしやすいと思います。目を打ち込んで、目を起こす、目を立てる。だから「やすり目立て」なんですね。やすりにも種類があって、ガラス製はガラスを溶かして表面に細かいデコボコをつける、紙のものは番手ごとに、粗いものから細かいものまで表面にデコボコをつける、ダイヤモンドやサファイアの粒子を吹き付けるものもある。そんな中で、うちはステンレスの板に、山、ギザギザを打ち込んで、その山に逆らって爪を動かすと削れる、という種類になります。
――爪切りの裏についている量産品とは、そこが違うということでしょうか。
吉田実さん:
あれはペーパーやすりか、ステンレスを化学的に溶かして、細かいギザギザをつけて、爪切りの裏側に貼り付けている、という作り方がほとんどですね。
吉田尚史さん:
とりあえず付いている、というものなので、かなり荒っぽい。皆さんが「爪やすり」と聞いてパッと思い浮かべるのが、たぶんあれなので。だからこそ、うちのを「The 爪やすり」として使ってもらえればいいかな、と思っています。
――実際に目立てをするところを、見せていただけますか。
吉田尚史さん:
このミシンのような機械でやります。斜め左右と、最後に水平方向の、計3回、やすりの目を打ち込むんです。刃がミシンのように動いていって、ステンレスの材料に、斜めの山を打ち込んでいく。今のはスパンが短いので、あっという間なんですけど、こうやって角度を変えて、右斜め、左斜め、水平と入れていきます。

――目の細かさは、どうやって変えているんですか。
吉田尚史さん:
この「木車」で決めているんです。刃が上下に動く速さは、もう一定なんですね。その下で土台が動くんですけど、その土台の速さを、木車の大きさで変える。大きい方が速く動くので、目が広く、粗くなる。小さい方は遅くなるので、目が細かくできる。この木車が、大・中・小と、いっぱいあるんです。「犬用はこれだな」と書いてあるのを選んで、セットする、という感じで。

――人間用の目の細かさは、どう決めていったんですか。
吉田実さん:
昔はOEMでやっていたので、メーカーさんから「これぐらいの細かさで」とよく言われて、だいぶ細かいものを作っていた時期もあったんですけど。あまり細かすぎても、削れにくいんですよ。それで今は、だいたいこれぐらい、という細かさに落ち着いています。目が重なったときに、綺麗に見えるか、というのも含めての調整ですね。
――この機械は、今も作れるものなんですか。
吉田実さん:
いや、作るところはもうないですね。
吉田尚史さん:
ボディが鉄の鋳造で、溶かして流し込んで作ったもので、1950年、60年ぐらいのものです。ものすごくシンプルなので、大元が壊れることはほとんどないんですけど、電気系統の消耗品を直したりはあります。ただ、これを作ってくれた鉄工所さんも今はもうなくなっているので、これが壊れちゃったら、本当におしまいだな、という状況ですね。今稼働しているのは3台で、昔は奥に合計4台あって、祖父、祖母、外の職人さんにも来てもらって作業していました。
#4 燕三条8社で作る一生ものの爪ヤスリ
――1本のやすりになる前は、どんな状態なんですか。
吉田尚史さん:
ステンレスの板ですね。ここは地場産業なので、まず、その1枚の板をプレス屋さんに持っていって、それぞれの形に抜いてもらう。これが1000個、2000個と出来上がって。そのままだとバリが強かったりするので、磨き屋さんに持っていって……と、地場をぐるぐる回っていって、最後にうちに来てやすり目を入れる。うちは目立て屋、という立場ですね。板も、厚さによって0.7ミリ、0.8ミリ、1ミリ、1.2ミリと、その都度仕入れをして準備します。

――1本作るのに、何社ぐらい関わるんですか。
吉田尚史さん:
7〜8社ぐらいになります。プレス屋さん、側面を綺麗にするコバ取り屋さん、バレル研磨屋さん、表面を綺麗にする磨き屋さん、その粉を落とす工場、洗浄屋さん。表面処理をする場合もあります。それが終わってから、うちに来てやすり目を打ち込む。目を打つと油がついてしまうので、また洗浄屋さんへ。最後に細かい傷を落とすブラスト屋さんで仕上げて、8社ですね。それをうちに持ってきて、パッケージングの前に、取り切れていない汚れややすり目の傷を、私と父と母で見て、弾いていく。そういう検品です。

――全部を自分たちで一度にやってしまわないのは、なぜでしょう?
吉田尚史さん:
多分、地場の形なんですね。
吉田実さん:
昔からです。大きい工場があるうちは全部やっていたみたいですけど、だんだんそういう工場もなくなって、少しずつ回している。
吉田尚史さん:
分業が主流、というイメージが強いですね。逆に、県外から「この磨きをやってほしい」「表面加工してほしい」というのが、燕三条に集約されてくるくらいで。この燕三条のエリアで、ものづくりが完結してくれる。ありがたい地域性だなと思います。
――そうして手をかけたやすりは、一度買えばどのくらい使えるのでしょうか。
吉田尚史さん:
そうですね。ステンレスで爪を削るので、基本的に摩耗しないんです。ほとんど一生モノで使ってもらえる。そこが一番の売りですね。紙のやすりは、基本的に使い捨てになってしまうので。

吉田実さん:
逆に、壊れないものだから「どこいったかな」ってなくしてしまったというのはよく聞く話ですね。それで、また買っていただく、というのが多いのかもしれません。
吉田尚史さん:
ニッチだからこそ、まだまだ皆さんに届けきれていないので、気に入ってくださった方から、贈り物としてまた広がっていってくれたら嬉しいな、と思っています。
※インタビューの続きは9月1日(火)公開予定です。Yesterdayのメルマガにご登録頂くと、新着記事や商品のお知らせがいち早くメールで届きます。