奥様ではなく、主人が淹れる|25年眠った町屋が紡ぐ、村上の茶文化と一口菓子──嘉門亭・吉川真嗣

シャッターが下りた商店街の一角。25年間眠り続けた明治25年の町屋が、静かに目を覚ました。嘉門亭・吉川真嗣さんが蘇らせたのは、建物だけではない。村上に古くから伝わる「亭主の茶」──家の主人が自らお茶を淹れて客をもてなす文化と、「菓子を一度も作ったことがない」男が辿り着いた、茶と菓子の哲学。村上の文化、井戸水、欅、銅、そして土壁。本物だけが持つ静かな熱量が、ここには宿っている。
吉川真嗣さん
1964年、新潟県村上市生まれ。千年鮭 きっかわ代表取締役。1998年に「村上町屋商人会」を立ち上げ、町屋を活かす観光事業や賑わいづくりを推進。「町屋の人形さま巡り」など数々の地域イベント創出により村上の観光振興に大きく貢献し、国交省観光カリスマ、地域活性化伝道師にも選出。
(※記事内容は取材当時の情報です)
#1 シャッターを剥がせば、明治が現れた
25年の眠りから目覚めた町屋。街のために灯した、再生への覚悟
──嘉門亭の建物は、もともとどのような状態だったのでしょうか?
ここは25年間くらい空き店舗になっていて、10年前くらいからは空き家になっていたんです。

それが縁あって使えるようになったんですけども、商店街にあって間口も14mと広い。そこがシャッターだったんです。
格好悪いですから、ここを普通の店にまた復活させたいなとずっと思っていました。
──復活させるにあたって、まず何から始められたのですか?
その時、シャッターでアーケードの店だったんですけども、元々これは明治時代の古い建物なんですね。
明治25年の建物だと思います。この建物の本体は一体どこにあるんだって、大工さんにまず全部ひん剥いてもらったんです、新しいものを。
そして出てきたのが、天井と柱、土壁です。あと骨組みだけになってしまって。


──本来の姿を取り戻すための、大胆な決断だったんですね。
元々は、間口が広い旅籠(はたご)※1 だったんですが、それが昭和の時代になって用品店に変わっていったんです。
※1 旅籠(はたご)・・・ 江戸時代の食事付き宿泊施設
中には車庫があって、店があって、事務所があって、また小部屋があってと。7、8区画くらいに分かれていたんですけども、それをみんな剥がして今の開けた状態になりました。


──庭も相当荒れていたとか。
庭はと言えばですね、今は灯籠だとかありますけども、そんな灯籠や石、苔の山もなく。真っ平らのところに無作法に、もうぼんぼん木が生えている、まあ荒れ庭だったんです。

でもこの街の中で、こんなに大きな庭が町屋にあるなんていうのも、ここしかないんですね。
なので、この建物を生かすには、もう再起不能と言われたくらいにめちゃくちゃだった荒れ庭を生かすしかないと思って、庭の大改修を始めたんです。
──建物と庭、両方を蘇らせることで、本来の町屋の姿を取り戻されたんですね。
そうです。まずここを素晴らしい町屋に復活させたいという想いがあり。
古さを生かして、うまく素敵な店に変えたいなと思って、改修が始まったんです。庭を変えて、建物の中をリノベーションして、今の姿になりました。
#2 「亭主の茶」という、村上だけの流儀
奥様ではなく、主人が淹れる。北限の茶どころに伝わる、特別なもてなし
──建物を復活させた後、ここで何をするかは決まっていたのですか?
ここで一体何をやろうかというのは、実はずっと迷っていて。
いくつかここでやりたいアイデアはあったんですけども、最後にたどり着いたのが村上の北限のお茶で、お茶を使った店をしようという風に決めたんです。

──なぜお茶だったのでしょうか?
本当、村上には面白い風習があって。普通はね、お上がりいただいたお客様には奥様がお茶を淹れてもてなす。
村上の場合違うんです。一家の主人が自らお茶を淹れてもてなす。自分の茶道具があって、それを「亭主の茶」と言いますけども、それで特別なお茶を淹れるんです。

そんな村上の風習を楽しんでいただける店を作ろうと。それは北限のお茶どころの、この村上のお茶に対して光を当てるという取り組みになるので、村上の文化をもっと輝かせたいなと。
それがやっぱり、私たちらしい仕事でないかなという風に思い、お茶を楽しめるお茶サロンにしました。
──ここで提供されるお茶には、どのようなこだわりがあるのですか?
お茶を淹れるという「亭主の茶」をここでやってるわけですけども、これは私の父が好んで出していた茶葉を使って、そして同じ味をここで再現して、そして楽しんでいただいてます。
ですから茶葉の量がたくさんの割には、「あれ、なんでこんなちっとしか出てこないの」と思うかもしれません。これは父が好んで出していたもので、一煎目の飲むというよりも舐めるような、特別なお茶です。

──二煎目、三煎目と、味わいも変化していくのでしょうか。
お茶もだんだん味が変化していくんで。三煎目は「風味茶」と言って、果物などの風味を添えて、その味わいで楽しんでいただくお茶です。

今は村上の柚子、熊本、長野のりんごと高知の新生姜、千葉県の稲毛市から搬入いただいたサボンなど、お好きなものを1つ選んでいただいてます。お茶との相性を考えて並べています。

──お茶と共に楽しむための厳選された組み合わせなんですね。
そうです。これも季節によってどんどん変わっていくんですね。通年であるのが日高の昆布くらいで、あとはその時期のものを出して。
みょうがが出てきたりだとか、山わさびが出てきたりだとか。
その季節の面白いものを出すんですが、何でもかんでも出してるんじゃなくて、みんなお茶と合わせて、「あ、これ合うな」というのが選抜されてここに並んでるんです。
#3 菓子を一度も作ったことがない男が、菓子屋になるまで
「名物菓子がなければ」──京都からの一言が導いた、ゼロからの挑戦
──お茶だけでなく、菓子も提供されていますが、これはどのような経緯で?
村上のお茶の文化に光を当てるって言って、お茶だと決めたのは良かったんです。
しかし、京都から来られた方に、「京都の有名なお茶屋には必ず名物菓子があります」と。「名物菓子ができればいいですね」と言われた時に初めて、「あ、そうか」と。
お茶を飲むだけでは、やっぱり1つ足りない。そこに菓子がつくから、お茶も引き立ち、楽しいひとときが過ごせる。「ああ、菓子を作らなければいけないんだ」って、その時初めて気づきました。

──それまで菓子作りの経験は?
菓子を作ったことが1度もなかったんです。さあどうするんだとなって。
きっかわは、みんな手作りで、ものづくりをしてきたので、菓子作りを人にお願いするという気持ちにはその時ならなかったんですね。
まあ、自ら色々研究する中でたどり着いたのが2つです。
1つは干し柿を使ったものです。菓子の原点を考えると、本当に甘いものがなかった時代、干し柿なんかがその菓子の原点と言えるわけですよね。それで昔は楽しく菓子をいただいてた。
漢字も「菓子」という漢字は、草冠の下に果実の「果」を書いて、子供の「子」と書きます。これを読み解くと、「果物から生まれ出でたもの」と。
ですから菓子の原点とも言える、干し柿を出すことにしました。

──もう1つは、どのような気づきだったのですか?
いろんな菓子を食べて研究する中で、ある時、山椒を使った菓子が出てきたんですね。
山椒なんてお菓子に合うのかと。一体どんな味だかなんて想像できなかったんですけどね、それくださいって言って。そしたら、素晴らしく美味しかった。
その時に、菓子というのは、甘いものを組み合わせて作る料理と同じなんだなと。自分なりにそういう風に思ったんですね。
私は、いろんな料理作ったり商品開発をしてきたので、料理であれば自分でもできると思いました。
お菓子作りの経験はありませんが、甘いものを加えた料理なら作れると思ったわけです。

──料理として菓子を捉えることで、道が開けたんですね。
珍しさと干すというのが、大きなコンセプトになっています。
その中で一体どんな菓子が作れるかなと考え、他でないような菓子が生まれてきたのが、この嘉門亭ならではの一口菓子なんです。
#4 干し柿、海苔、雪下人参。他にない菓子が生まれる理由
料理として菓子を作る。嘉門亭ならではの一口菓子の世界
──具体的に、どのような一口菓子を提供されているのですか?
例えばこちらが干し柿、佐渡のさつきですけども。干し柿の中に、発酵バターと餡がサンドされてます。

そして、冬みかんを干したものの中には生姜を刻んで入れた風味あるクリームチーズ。それと海苔で作ったクリームチーズの一口菓子です。

雪下人参で作った人参を揚げて甘みをぐっと凝縮したものは、名前が「愛しのスイートキャロット」というものです。

3〜4種類のナッツを周りに施したものの中には、クリームチーズを包んでいます。
──どれも、他では見たことのないような組み合わせですね。
珍しいっていうのと、この干して作るというのが、「嘉門亭」の一口菓子のコンセプトですので。朝スタッフが作って、お出しするということをしてます。
──お茶のコースの中で、この一口菓子はどのように楽しむのですか?
お茶を飲んでいただきながら、途中で、この一口菓子をお出しするんです。「亭主の茶」の上煎茶コースでは、眼の前で菓子の説明をしながら、お好きな一口菓子を2つ選んでもらっています。
──見本を見ながら選べるというのも、楽しい体験ですね。
お茶以外の体験にもこだわっていて、先程の菓子を入れていた箱も、メニューも入れていた箱も村上の堆朱※2なんです。

※2 村上堆朱・・新潟県村上市に伝わる木地に繊細な彫刻を施し、天然の漆を何層も塗り重ねて仕上げる漆器の総称
こうやって村上の文化を、お客様に流れの中で紹介していく。そんなことをやってるんです。

#5 本物だけが持つ、静かな説得力
井戸水、欅、玉川堂。父が愛した道具で紡ぐ、変わらない美しさ
──店内の随所に、素材や道具へのこだわりを感じます。
例えば、水の話しをすると、本店の「きっかわ」は大昔(江戸時代から終戦まで)造り酒屋でした。
その仕込みで使っていた井戸水を朝汲んできて、そしてここでお出ししてます。軟水の少し固めで、非常に味のバランスのいい水です。昔の水の味や形も楽しめます。

──中央の大きなテーブルも、圧倒的な存在感ですね。
長岡で古材を扱う井口製材所にあった、5m50cmある欅(ケヤキ)。それを3枚合わせて、こんな大テーブルを作ってます。

このテーブルを提案してくれた設計士の方は、ここにインパクトのある存在があったら、サロンがすごく特徴付けられるでしょと。
──形にするまでには、相当な苦労があったのでは。
描けても、実際にそれを形にするってなったら材料から集めとかなきゃいけない。材料があっても、それを作ってくれる職人さんがいないといけないので。
私は、このテーブルを作る現場の動画を取材したんですよ。
板をまず合わせて、大きな3枚に線を引いて、ぎーっと切って。バーっと削ってって、本当見事に作っていくんですよね。
──空間づくりにもこだわりを感じます。
あとは、和洋折衷の雰囲気を作ろうと思って。女房とね、ああだこうだと。男の私の感覚とすれば、こういうシャンデリアを下げるのは気恥ずかしかったのだけど、女房がここに下げたらいいと。

そして下げたら、なんか妙にマッチしてしまって。これは私のセンスではありません(笑)。
──お茶を淹れる道具にも、こだわりがあると。
サロンのベースになってるのが、私の父ね。先代がやっていたお茶の形なんですよ。お茶の味も、出し方も。
湯沸かしは、父が大切に使っていた茶道具のひとつで。湯沸かしは、玉川堂のものを使ったんですね。それに習って玉川堂の湯沸かしを使っています。

──玉川堂の銅器は、それ自体が芸術品ですね。
1枚の銅板を金槌で叩いて、この湯沸かしの形にするっていうのが、すごいでしょう。
本当、すごい技術だなって思います。玉川堂の湯沸かし器は、なんと可愛らしいっちゅうか、格好いいというかね。色も他にない良い色だなと思ってるんです。
本物のものづくりですよね。
