岐阜提灯は、江戸時代に隆盛を極めた岐阜の名産品です。しかし、明治維新の西洋化の波の中で一度は廃れ、地元の資産家が発表した「大内提灯」や、天皇陛下への献上をきっかけに息を吹き返したという歴史を持っています。
うちわ職人だった浅野商店の創業者は、まさにこの復興の波に乗る形で提灯作りを始めました。戦後の宣伝提灯をはじめ、時代のニーズに姿を合わせながら浅野商店は創業110年続いてきました。
浅野商店4代目の浅野有誠さんに、岐阜提灯の衰退と再興の歴史。一人前になるまでひご巻き3年・紙貼り1年を要するという、職人技の裏側まで伺いました。
浅野有誠さん
岐阜県出身。1917年創業の提灯老舗・浅野商店4代目 。1998年、デザイナー内田繁氏と照明「ペーパームーン」を共同開発 。CAD等の最新技術を導入し 、「ちょうちんはっと」など現代の暮らしに合う明かりを追求し続けている。
※記事内容は取材当時の情報です
#1 提灯文化の衰退と再興
明治維新から、天皇への献上、宣伝提灯を経て
──浅野商店さんは創業からもうすぐ110年になるとうかがいました。そもそもの始まりを教えていただけますか。
浅野有誠さん:
創業は1917年(大正6年)です。もうすぐ110年になります。
始まりはおじいさん、私の祖父・嘉一が創業者になるんですが、聞いた話によると、岐阜から20kmほど南の浅野一族の集落出身で、ちょっとした分家の長男だったそうです。このまま家長になったら一生田んぼから逃げられない、と。
だから、田んぼが嫌で岐阜に逃げてきたと。そういう話は聞いたことがありますよ。(笑)
──田んぼが嫌で岐阜へ。最初はうちわを作っていたんですね。
浅野有誠さん:
そうです。当時の岐阜の名産はうちわと和傘でした。祖父は最初うちわを作っていたのですが、まあ、あまり商売にならなかったんでしょうね。
それで提灯を始めたのだと思いますけど。ちょうどその頃、岐阜提灯が再復興した流れがあって、その波に乗ろうとしたわけです。
──岐阜提灯の再復興について詳しく教えてください。
浅野有誠さん:
江戸時代の文化・文政の頃から、お盆に提灯を使う風習がどんどん盛んになっていったんです。
そして、岐阜提灯は当時すでに岐阜の名産として載っていたらしいんですが、明治維新で西洋文明を取り入れる流れの中で、そういう古いものは一度かなり廃されてしまった。
ところが、その廃れたところで、勅使河原(てしがわら)さんという地元の資産家の方が復興のために3本足の木製スタンド型の提灯、いわゆる「大内提灯(おおうちあんどん)」を作って国内勧業博覧会で発表しました。
さらに、ある時ある提灯屋さんが天皇陛下に提灯を献上したのが大きなきっかけになって、また提灯が復活したという話があります。祖父はその波に乗ったわけですね。
──時代の流れをつかむのが上手かったんですね。戦後はどう変わっていったんですか。
浅野有誠さん:
戦後、うちの父親が会社組織として改めてやり始めたんですが、当時一番利益を出していたのは実は「宣伝提灯」だったんです。
今の若い方にはピンとこないかもしれませんが、昔は電気屋さん、酒屋さん、いろんなお店の店先に「日立の洗濯機」とか「松下電器のなんとか」とか描かれた提灯がぶら下がっていたんですよ。
今で言うバナー広告みたいなものですね。それが当時の宣伝手段の一つで、東海地区だけで最低でも5000個、普通で1万個という単位を大量に短期間で作って出していました。
──提灯が宣伝媒体だったとは驚きです。
浅野有誠さん:
面白いエピソードがあって、ライオンが歯磨き粉を出した時に「歯磨きチューブの形の宣伝提灯を作ってくれ」と言われたそうです。
父はどうしたかというと、こういう仕掛けの提灯を作って、上がキャップの形になるように工夫して。結果「ライオン歯磨き」の文字が入ったチューブ型の提灯が出来上がった、と。(笑)
そういう提灯を作って喜ばれたと聞いたことがあります。今なら宣伝提灯なんて誰もピンとこないぐらい無くなりましたけど、当時はそういう世界だったんですね。

#2 岐阜提灯が出来るまで
ひご巻き3年、紙貼り1年。海外製品と手仕事、一番の違いとは
──工房を拝見して、ひごを巻く作業がとても難しそうでした。聞いたところ、一番難しい工程だとおっしゃっていましたね。
そうですね、ひご巻きが一番神経を使います。均等に巻かないと綺麗な形にならないんですが、どうしても大きくなればなるほど直径が大きくてたわみが出やすい。
きつく巻きすぎると上から見た時に円じゃなくてカクカクになってしまうし、緩いと外れてしまう。きつすぎず、緩すぎず、というところが本当に難しくて。
──ひご巻きで形が決まってしまうと。
そうです。ひご巻きが綺麗だと、その後の紙貼りも楽になります。逆に一度紙を乗せてしまったら、たわんでいる部分はもう直せないので。ひご巻きはすべての工程の要ですね。
── 一人前になるにはどれくらいかかるんですか。
ひご巻きで3年、紙貼りで1年、と言われていますね。

──紙を貼った後、カミソリで余分な部分を切る工程も見せていただきました。
あの作業のポイントは、下の紙を切らずに上の紙だけを切るというところです。二重になっている紙のうち、上の一枚だけカミソリで剃り落とす。
カミソリの刃が直線じゃなかったり、太かったり細かったりすると、のりしろの幅が不均一になって仕上がりが綺麗に見えなくなります。手作業でないとできない技術ですね。

──よく流通している海外製品と比べて、どこが違うのでしょうか。
一番は、のりしろの幅ですね。細くて一定の幅になっている。海外で作ったものは、ここが太いというか、紙をペタっと貼っただけというものが多い。
あとは紙のシワや張りの違い。1個1個手作りで、しっかりとした品質のものを作っています。並べて見比べていただければすぐにわかると思います。

※後編は8月2日(日)に公開予定です