伊達政宗が愛した仙台竿を94歳が一人で守る──竿政・田村政孝<前編>

94歳の手が、今日も竹を削る。仙台竿 竿政・田村政孝。伊達政宗の時代から続くこの伝統工芸を、たった一人で守り続ける最後の竿師だ。一本の竿に3枚の竹を寝かせ、髪の毛ほどの精度で継ぎ目を作る。道具も、銀細工も、すべて自らの手で。「教えられる仕事じゃない」と語る孤高の職人が、人生をかけて追い求めた"究極の一本"とは。
田村政孝さん
1932年(昭和7年)生まれ。宮城県出身。伊達政宗も愛した仙台竿唯一の継承者。幼少期から父の背中を見て、独学で竿を製作。小学生時代には釣り愛好家から「天才」と呼ばれ、現在は竿政竹竿製造店を営む。竹選びから仕上げまで約200工程に及ぶ作業を一人でこなす職人で全国から多くの愛好家が田村さんの工房「竿政」を訪ねる。
(※記事内容は取材当時の情報です)
#1 伊達政宗が愛した仙台竿
政宗は鮎釣りとヤマメ釣りの名人。その時代から受け継がれる、400年続く究極の手仕事
──仙台竿は、いつ頃から始まったのでしょうか?
政宗の時代から続いてるわけ。伊達政宗が鮎釣りとかヤマメ釣りが大好きだったんでね。
彼が滑って転んで竿を15センチくらい折ったんだね。それが名竿になったわけ。要らざるところが折れたと言われている。

実際、川に腰辺りまで入ってみると、流れが強く体が揺すられてしまう。そんなところでも、糸を切らないで鮎を釣り上げられるという竿の調子(しなり)。
この竿はどんな下手な人が使っても糸は軽く伸びて切れない。米粒5分の1ぐらいのおもりでちゃんと飛ぶわけ。
──この美しい塗りは、何という技法ですか?
これね、伊達政宗が大好きな「金梨子地(きんなしじ)」って言ってね。きれいでしょう。

──竿に「千代」という文字が刻まれていますが。
これね、広瀬川のそばの愛宕神社(あたごじんじゃ)の脇にね、地蔵が千体あったわけで、この「千代」。それが仙台という名前の由来になってる。
──昔は、仙台に何人ぐらいの竿師がいたのですか?
21名いたの。ところが釣り人達は竿を手にとって見て比べるでしょう。他の竿屋で買った人も、使ってみると違いが分かる。
竿を繋いでみなくても、形や出来を見ただけで周りから「ああ、そんな竿使ってては一人前じゃないな」って言われてしまう。
それで結局、私のところに「なんとか作ってください」と来るわけ。
──そこから、現在まで作り続けてこられたんですね。
何十年も前からね、今から50年ぐらい前に一度「やめる」って言ったことがあるの。
そしたらお客さんたちに「僕たち1ヶ月に2本ずつ買うからやめないでくれ」と懇願された。
年月が経って、だんだんお客さんも亡くなっていく。でもね、生きているお客さんがいる限り「やめました」とはいかないわけよね。

#2 小学二年の時に作った竿が、今も現役で釣れる理由
戦前から使い続ける一本。84年の時を超える竿の秘密
──工房で一番古い竿を見せていただけますか?
一番古いの?小学校2年生の時に作ったやつ。

──小学2年生!?それは何年前ですか?
作った年月、ここに書いてあるから。1940年、戦前ですね。

──84年前の竿が、今も使えるんですか?
使えますよ。これね、注文した竿ができるまでの間、お客さんに貸し出すわけ。長く使ってもらうから、やっぱりちょっと傷がついたりはする。
でも折れたりはしないんです。もちろん、使い方が悪かったら折れますよ。
例えばガラスの上で自転車を走らせるような乱暴なことをしたら壊れます。だから私は、そういう扱いをしないように丁寧に指導するわけ。
──田村さんは、這って歩く頃からお父様の仕事を見て育ったそうですね。
母親が早く亡くなったんで、親父の周りいることが多かった。
そして、親父の友達が名人揃いなの。そういう人たちの話をずっと聞いてて、「ははぁ、なるほど」と。そういうことから、仕事を少しずつ覚えてね。

──戦争中も竿を作り続けたのですか?
戦争になってから、農家に疎開しながら青い竹で竿を作ってた。そして、釣った魚を農家に渡すと喜んでもらえたね。
食べ物がなくなって、草っ葉まで食べててね。そういう苦労が、かえって自分の粘り強さに繋がったのかもしれないけどね。
#3 ミクロの継ぎ目に宿る執念
3枚の竹を1本に、髪の毛1本分の狂いも許さない。目に見えない精度の世界

これ見てごらん。この竿3枚の竹で出来ているの。
──3枚?一本の竹にしか見えないんですが……。
竹を3枚に割って、寝かして、ベンツのロゴマークみたいに合わせてるわけ。市販の竿はね、竹をそのまま使うから、ぐにゃぐにゃになってしまう。
でも3枚にすると、ものすごく力が入る。それでいて、しなやかに一本に美しく曲がる。

これ、ミクロの仕事だからね。見えないところを、勘でやるんだから。
──継ぎ目はどれくらいの幅なんですか?
1.5ミリ。髪の毛ほどの精度で竹を削って、ぴたりと合わせるわけ。
──糸がありますね。
絹糸をね、全体に巻いてるわけ。絹糸で薄い竹が壊れないように、補強するの。

その上から漆(うるし)を塗り重ねて、研ぎ出す。漆が暴れないように、ゆっくり時間かけて仕上げるわけ。
早く仕上げるとね、漆が動いちゃうの。ゆっくりやると、絶対動かない。ガラスみたいに、何百年たってもガラスみたく光る。


──どうやって、そんな精度で作れるのでしょうか?
やっぱりね、勘がいいっていうか。生まれつきの勘もあるとは思うけど、小さい頃に母親が早く亡くなって、ずっと親父の仕事を見て育ったからね。
それと、何でも道具を自分で作ってきたというのも大きいと思う。