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爪やすり1本に8社。燕三条の分業──吉田ヤスリ製作所<中編>
年に2回。吉田ヤスリ製作所が、やすりの目を打ち込む刃「鏨(たがね)*1」を作る回数です。
ハイス鋼という硬い鋼を、赤めてはハンマーで潰し、また赤める。この小さな刃がうまくできなければ、目立てもうまくいきません。
7代目・吉田実さんが思うような形を作れるようになったのは、40歳を過ぎた頃。かつてこの近所に100軒、200軒とあった鏨専門の職人は、少しずつ姿を消しました。
後編では、爪やすりの土台となる鏨づくりと、使い手の相談から生まれた5種類の爪やすりや今後の展望を伺いました。
*1 やすりの目を刻むための刃
#5 30年でやっと掴んだ鏨(たがね)づくり
――目を打ち込むこの刃を「鏨(たがね)*1」と言うそうですね。これも、ご自身で作られるんですか。
吉田実さん:
うちで作るんですよ。ここに炉があるので、まだ作れるんですけど。年に2回ぐらいしかやらないので、それを覚えるまでが、なかなか。30年ぐらい経って、やっとできるようになってきたかな、と。

――炉まで。その鏨の出来で、やすりの仕上がりも変わってくるんでしょうか。
吉田実さん:
そうなんです。これがうまくできないと、目立てがうまくできない。機械にセットするところまでやってしまえば、あとは女の子でも簡単にできるんです。でも、そこまで持っていくのが、いちばん大変で。だから、鏨がいちばん大切なんですよ。
――どんなふうに作るんですか。
吉田実さん:
これ、だいぶ薄く作らないとダメなんです。ハイス鋼といって、普通の鉄に比べるとだいぶ硬い。そうじゃないと持たないので。ただ、硬すぎて、しかも小さいので、普通の鍛冶屋さんではできないんです。普通なら機械でどんどん潰していくところを、これはハンマーで、赤めながら、赤くなったら潰していく。その繰り返しですね。

――30年で、やっと。その「分かってきた」というのは、どういう感覚なんでしょう。
吉田実さん:
どう言えばいいんでしょうかね、こう、感覚でしかないんですよ。この形をどうしたらいいか。思うように形ができるまでに、だいぶ苦労しました。
――何歳ぐらいの時に、掴めたんですか。
吉田実さん:
40過ぎぐらいでしょうかね。父がこれを作るのがうまかったので、だいぶ父が作っていたんですけど。年を取ってきて、俺が作らないとダメになってきたので、やるようになって。もう10年、20年やらないと、うまくできないんですよ。
――もともとは、鏨を作る専門の職人さんがいたんですか。
吉田実さん:
昔はこの近くに、鏨を専門で作る人が100軒、200軒あったんです。それがだんだん少なくなって、もう自分のところで作らないと目立てができない。それで、しょうがなく自分たちでやるようになった、という話なんですけどね。

#6 相談から生まれた5種類の爪やすり
――お客さんの相談から生まれた商品もあるそうですね。
吉田尚史さん:
これ、一番細い部分にもやすり目が打ち込んであるんですけど、巻き爪の方からの相談で作ったものなんです。巻き爪って、脇の爪が指の側面に食い込んでいく状態で。食い込みを避けようと、巻いている部分を切っていくと、余計に巻いていってしまう。だから四角く、爪の形に沿って残すように整えてあげる必要があるんですけど、爪切りだと形を整えるのが難しい。それを、この専用やすりで、差し込んで削って、食い込みを解消してあげるんです。
――他に多い爪のトラブルは、何がありますか。
吉田尚史さん:
女性の方は特に、割れですね。長くなって、伸びた分がパキッと割れていってしまう。乾燥していたり、爪がトラブルを抱えている状態なんです。割れた爪をさらに爪切りでいくと、見えないひびが下まで引っ張られてしまうので、やすりで整えて、一旦短くしてあげる。表面をつやつやにするのもありますけど、あれは爪の薄い層を1枚剥いでいる行為なので、やりすぎると地肌を傷つけてしまう。気をつけないと、ですね。

――犬用のやすりもあるそうですね。
吉田尚史さん:
老犬を飼っている方から「犬用ってないですか」と電話があって。事情を聞いたら、歳をとった犬は、ペットサロンや獣医さんでも、飼い主以外は嫌がって手を触らせてくれないから自分でやりたいんだ、と。その時は犬用のやすりがなかったので人間用を送ったんですけど、「そこにも需要があるんだな」と思って、犬用を作ったんです。人間用より目を荒めにして、先をV字に曲げて、ワンちゃんの爪にフィットするように。トリマーさんにも好評で、そういう声をダイレクトに聞かせてもらえるのは、すごくありがたいし、嬉しい部分ですね。家族3人なので、「やってみようか」と言ったら、とりあえずやってみることができる。そのフットワークの良さがありますね。
飼い主とペットのためのペット用爪ヤスリ「dogood(ドッグット)」
――今は、何種類くらい作られているんですか。
吉田尚史さん:
オリジナルは5種類です。大人用、犬用、赤ちゃん子供用、巻き爪用。それと、ラグビーボールのような形をした楕円型。これはステンレスじゃなくてアルミで、シンメトリーなデザインにして、右に持っても左に持っても削れるようにしたんです。今までは持ち手があって使うイメージが強かったので、初めてやすりを使う方に、少しでも触れてもらえればと思って作りました。OEMも含めれば、昔からの分で20種類以上になりますね。

――今後、広げていきたい方向はありますか。
吉田尚史さん:
爪やすりを「爪やすりです」と言って出しているところ自体、本当にうちぐらいなんです。この間の展示会では、アパレルショップさんが、洋服のオープニングのノベルティにしたい、という珍しい需要をいただくこともありました。ただ、そんなにたくさん作れるわけでもないので、今は展示会に出て、全国のセレクトショップのバイヤーさんに気に入ってもらって、直接お取引をして、1社でも取り扱ってくれるところが増えれば、というのが一番の目標です。海外も同じで、各国の首都圏に1つでも置いてもらいたい。お国柄もあって、フランスはペットサロンがないので、飼い主さんが全部ケアする。だから犬の爪切りもやすりも、暮らしにちゃんとある。まだまだ広げられるな、と感じています。
――先日は、賞も受けられたと伺いました。
吉田尚史さん:
はい、県のニイガタIDS賞という賞をいただいて、表彰してもらいました。商品も、全部に収納のケースをつけているんです。ラグビーボールのように丸めた形は、安全に配慮したのと、皮のケースに入れておくのにも便利かな、と思って、そういう形にしていて。
――最後に、爪やすりのある暮らしを、どう楽しんでほしいですか。
吉田尚史さん:
爪を見て整えるのは、自分の健康のバロメーターのようなものでもあると思うんです。1日5分でも、朝、手を見ながら、コーヒーを飲みながら、少し整えてあげる。そんな時間があってもいいのかな、と思いますね。
