燕三条で120年、切らずに削る爪やすり──吉田ヤスリ製作所<前編>

普段、何気なく使っている爪切りが、実は爪を傷つけているかもしれません。

「爪は三層のミルフィーユ構造でできており、パツンと切る衝撃でその層は少しずつ剥がれていくのです」

そう語るのは、吉田ヤスリ製作所7代目の吉田尚史さんです。

日本を代表する金属加工製品の一大産地である新潟県燕市で、明治後期からやすりを作り続ける吉田ヤスリ製作所。

8社の職人さんたちとの分業体制を守りながら、7代目・吉田実さん(父)、母、8代目・吉田尚史さん(息子)の3人で日本製の爪やすりを製作しています。

海外にも販路を拡げる爪やすりについて、ものづくりの工程や歴史から今後の展望までお話しを伺いました。

吉田尚史

吉田尚史

吉田ヤスリ製作所8代目。2017年、30歳でそれまで勤めた医療福祉関係の仕事を退職し、家業である吉田ヤスリを継ぐ。創業120年の歴史を継承しつつ、新たにオリジナルブランド「YOSHIDA YASURI」も手掛ける。

吉田実

吉田実

吉田ヤスリ製作所の7代目。幼い頃から両親の爪ヤスリ製造を身近に見てきたこともあり、高校を卒業後家業に入る。爪ヤスリ製造一筋40年以上。国内向けの製造はもちろんのこと、海外への輸出製造も行う。

*Article content is based on information at the time of the interview

#1 プロも使う爪やすり

――まず、爪やすりについて教えてください。爪切りと何が違うのでしょうか?

吉田尚史さん:
爪自体が、3層のミルフィーユのような構造になっているんです。爪切りで切るときは、その3つの層をパツンと一気に切ってしまうので、爪が弱っている方だと割れやすくなったり、服の繊維が引っかかってしまったり、少し具合が悪くなってしまう。やすりだと、その3つの層を剥がさないように削っていくので、爪が剥がれずに、いい状態のまま伸びていってくれる。健康な爪に、そのままなっていってくれるというのが、一番のポイントですね。

――実は爪切りを使わず、やすりだけで健康な爪を維持できるということですか。

吉田尚史さん:
ええ、そうですね。

――こういう方におすすめ、という使いどころはありますか。

吉田尚史さん:
爪のトラブルを抱えている方ですね。爪が分厚くなってしまった方、逆に、ネイルの除光液で薄くなってしまった方。爪切りだと難しいので、やすりを探して来られる。あとは、暖かくなって乾燥してくると、爪も割れやすくなるので、そういう時期のケアにも。単純に、爪やすりで整えていただくと、爪がとても丈夫になるものなんです。ただ、慣れるまでは、当て方や動かし方が少し難しいかもしれません。でも、持っていれば一生使えるものなので、そこはぜひ、という感じですね。

――使い方も教えていただけますか。

吉田尚史さん:
やすりの目には流れがあるので、爪と肌の裏側ぐらいにやすりを入れ込んでいただいて、そのまま一方向に動かす、という感じですね。正直、往復がけした方が早いんですけど、目の流れがあるので、爪の先端の繊維があちこちに動いてしまって、ボロボロになってしまう。だから、往復がけしたとしても、最後の何回かだけでも目の流れの通りにやっていただくと、綺麗に仕上がるかなと。まずは自分の当てやすい、動かしやすい角度を見つけて、当ててもらえればしっかり削れるので、いろいろ試していただけると嬉しいですね。

――爪切りを使わない人は、何日に1回くらいやればいいですか。

吉田尚史さん:
イメージとしては、3日に1回ぐらいですね。長くなってしまうと、その分削る量も多くなるので、伸びたか伸びてないか、ぐらいでこまめに。本当に慣れてくると、両手5分ぐらいで終わってしまいます。特に男性の方は、短い状態をずっとキープできるかな、という感じですね。

――プロのアスリートも使うと伺いました。

吉田尚史さん:
パワーリフターの方は、爪切りだと深爪になってしまうけど、やすりならギリギリ手前まで攻められる、と。指先、足先は、パフォーマンスを出すために必要だと皆さんおっしゃるので。あとは野球選手や、ギタリストのように指先を使う方ですね。ステンレスのやすり目は、爪ぐらいの硬さがないと削れないので、肌に擦れても安全に使ってもらえるんです。皮膚科の先生から「爪やすりにしなさい」と言われて、探して来られる方もいますよ。

#2 爪やすり100年の歴史

――改めて、自己紹介と創業について教えてください。

吉田実さん:
吉田ヤスリ製作所の吉田実です。代表をやっています。創業は、この家ができたのが明治半ばぐらいで、やすりを始めたのは、私も詳しくはよく分からないんですけど、明治の後期ぐらいからだと思うんですよね。だいたい100年ぐらいです。最初は鉄工やすりといって、爪じゃなくて、鉄を削る、鋸(のこぎり)の目立てのやすりを元々は作ってたみたいですけど。それが戦後、鉄を削るやすりがあまり出なくなってきたので、爪を削るやすりを作るようになった、という話ですね。

――爪やすり自体は、いつ頃からあるものなんでしょう。

吉田実さん:
元々ヨーロッパの方では昔からあったという話ですけど、日本では、戦後なのではないでしょうか。昔の日本人は、爪はハサミで切っていたようですね。削って整えるのは、ヨーロッパの人の習慣で。だから昔は、日本で作って輸出してる方が多かったんです。ヨーロッパ、欧米の方へ。イタリアあたりは、今でも作っていると思いますけど。

――日本のものが選ばれた理由は、何かあるんですか。

吉田実さん:
安かったというのがあったんじゃないでしょうかね。昔は香港など、あちらのほうへ出して、そこからみんな色々と回っていったようですけど。

――この燕市は、もともとやすりの産地だったんですね。

吉田尚史さん:
工業用の、鉄を削るやすりを作る会社が、この燕市だけで100社ぐらいあって。従事者も4000人ぐらいはいたんです。いわゆる軍事需要でバーッと盛り上がった産業だったので、戦争が終わってすごく衰退してしまって、ほとんどが廃業して。今はうちを入れて3社ぐらいしか、燕市にはやすり屋として残ってないんです。目立てやすりとなると、広島の呉にもう1社あるかどうかで。岐阜あたりにも表立たずにいるっぽいんですけど、専業として作っているところは、もうほぼないですね。

――工業用のやすりは、なぜ使われなくなっていったんでしょう。

吉田尚史さん:
今はもう、鉄を削る仕事自体が少ないんです。みんな機械で削ってしまうので。昔は、出来上がる金型の精度が低かったので、職人さんが鉄工やすりを使って、精度を高めていった。でも今は、出来上がるものの精度が、そもそも高いので、繊細なやすりで仕上げていく作業が、ほとんどいらなくなってきた。隣の玉川堂さんのように、今でも細かい仕上げはやすりでやりたい、という職人さんもいらっしゃるんですけど、そういうプロユースの、かなりニッチな世界になってきていて。工業用のやすりは、広く一般的には使われなくなってきているのかな、と思います。少なくなりました。

※インタビューの続きは8月25日(火)公開予定です。Yesterdayのメルマガにご登録頂くと、新着記事や商品のお知らせがいち早くメールで届きます。