200匹の蚕の命が紡ぐ、洗えるシルクの未来──桐生整染商事・阿部哲也、川上由綺<後編>

アトピーに苦しんだ一人の女性が、絹の優しさに救われた。そこから始まったのは、桐生の伝統技術と現代のライフスタイルをつなぐ挑戦だった。
コロナ禍という危機が、逆に「シルクをカジュアルに」という新たな絹ブランド創設の未来を切り開いた。
1枚のパンツに込められた200匹の蚕の命。端材すら捨てない、命への敬意。桐生から世界を見据える、絹織物の新しい物語とは。
阿部哲也さん
群馬県、桐生市にある桐生整染商事株式会社の専務取締役。家業である機織りの技術とシルクの知見を受け継ぎ、国内のメーカーとの取引や自社アパレルブランド開発も継承した第一人者。
川上由綺さん
桐生整染商事の自社ブランドSILKKIのプロジェクトリーダー。使い捨てでなく長く愛用でき、最終的には自然に還るようなサステイナブルな製品づくりに熱を捧げる。
(※記事内容は当時取材の情報です)
#5 アトピーが教えてくれた、絹の優しさ
桐生に移住して4ヶ月で突然の発症、体感した素材の力
──シルクでブランドを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。
川上さん:
桐生に移住して本当に4ヶ月目ぐらいの時、急にアトピーが発症したんです。もう顔が真っ赤っかになってしまって。
そこから5年くらいアトピーに悩まされる時期が続きました。色々試してみたんですけど、友達が「シルクがすごく肌にいいよ」って教えてくれて。
一番最初は冷え取り健康法というものを試してみました。下半身を温めるという考え方で、シルクの5本指ソックスを使うんです。

これを履いて、その上にさらに2枚重ねて履くんですね。
足先って心臓から一番離れているので、どうしても冷えてしまいますよね。それで全体の血行が悪くなる。でも足先が温かいと体の熱が温まって、大事なのは上半身よりも下半身を温かくすることなんです。
そうすると温まった熱が上に逃げて、上は涼しいので循環していく。と聞き「なんだそれ」と思ったんですけど(笑)

──それで実際に試されてみたんですね(笑)
川上さん:
はい。一回試したら本当にてきめんに効いて。
要は私、血行が悪かったんですね。そこからどんどん肌も良くなって、すごく風邪を引きやすかったのが風邪も引きにくくなったりして。「なんだこれは」と思って。
そこでシルクの機能性って結構大きいんだな、役に立つんだなというのが、大きな体験としてありました。
元々弊社がシルクの生地を作る会社だったので、「この考えを元に生地づくりができないかな」って思ったのがきっかけでしたね。

──シルクにはどのような機能性があるのでしょうか。
川上さん:
熱を逃すし、汗も出す。逆に寒くなってきたら、ちゃんと保温して保湿する。熱をコントロールするんです。呼吸をするって言うんですけど、そういう効果があります。
ウールも実はそうで、動物性の繊維にはそういう特徴があるんですが、シルクの良さは繊維の細さなんです。蚕と羊の大きさ、全然違いますよね。それだけ繊維の細さも違う。だからすっごく細いんです。
細いから、チクチクしない。すごく滑らかで、アトピーの人にシルクがいいって言われるのはそこなんですよね。刺激がないので使えるというのが、機能性の一つです。

──他に、どんな機能性がありますか。
川上さん:
あとは元々自分の身を守るためのシェルターとしての役割があるので、UVカット、紫外線を防ぐという効果もあります。
水分を必要な時は含んで、必要ない時は含まないという効果があるおかげで、雑菌が繁殖しないんですね。雑菌って水がある時に繁殖しますよね。湿気があるとカビや菌が増える。
だから静菌作用って言うんです。防菌というよりは、これ以上菌を増やさないようにしてくれる機能があります。
私、実は後天性アトピーだったんですけど、シルクを使ってみたら本当にみるみる良くなって。そこで初めて「機能性があるんだ」って気づきました。

#6 売上半減。マスクが救った絹の未来
コロナ危機が、新しい絹ブランドに繋がった
──阿部さんは、絹のブランドを始めることにどう思われましたか?
阿部さん:
私はアトピーじゃないから最初は分からなかったんです。でも話を聞くと、周りに子供さんたちでもアトピーがひどい子たちがいて、そういう人たちのためにもなるかなと思いました。
でも一番は、シルクを触ったことない人たちがいっぱいいるわけですよ。特に若い人たち。
シルクをカジュアル化しようというコンセプトを決めた時に、やっぱり若い人たちに着てもらいたい。それと皮膚の問題がある方、そういう方々にも着てもらいたい。

それに、僕らがお付き合いしてるアパレルさんたちも、「シルク使いたいけど値段が高くて使えない」っていう声がすごく多かったんですよね。
ファクトリーブランドでやれば、値段もなるべく安く抑えられて消費者に届けられる。これ一つやってみようかなと思ったんです。
いいきっかけになったのがコロナですよね。

──コロナがきっかけだったんですね。
阿部さん:
本業の仕事がバタッとなくなって。売上が半分ぐらいになりました。もう危機的状況でしたよ。
そんな最中、我々の業界に託されたのがマスクなんですよ。このマスクがいいきっかけになりました。苦肉の策もあって、業界にいろんな知恵を持ってる方々がいて、マスクを入手するところがあったんです。

自分たちで作るより安いのを入手して、そこに整理屋さんの社長が研究していたシルクプロテインを染み込ませて販売したら、もう爆発的に売れてね。
マスコミさんもかなりいらっしゃって。本業の仕事がだいぶひどかったところを補えたという部分もあって。
コロナが終わるにつれて、ちゃんとしたブランドとしてやっていこうと。時間があったので、みんなで色々考えましたね。
事務所で「ああじゃない、こうじゃない」話をしながら、色々なアイデアや情報を集めて。どうしたら売れるか、どうしたら人のためになるか。そういうことを考えながら、形にしていった感じです。
そうして、絹製品のブランドSILLKI(シルッキ)を立ち上げました。

──コロナ禍は多くの人の価値観や選択に影響を与えましたよね。
川上さん:
コロナの時って、皆さんちょっとは体のこと考えませんでした?
働きすぎて体調が悪かった人が、強制的に休みの時間を与えられたおかげで体調が改善して、地方移住したりとか。そういうことありましたよね。
そういうフィーリングがきっかけで、SILLKI(シルッキ)のブランドは、多分コロナ前に始めるよりコロナ中に始めた時の方が注目を集めれたと思います。

──生地として売るのではなく、製品として売る形にされたんですね。
川上さん:
そうなんです。上司の阿部と話して、最初は生地で作ろうと言ってたんですけど、生地売りがすごく大変で。
それよりも製品にしてお客様に直接届けた方がいいんじゃないかと。お互いに利益もあるし、生地で売るって実は利益が出にくくて、本当に大量生産しないと賄えないという部分があるので。
そういう時代背景もあって、製品を売ろうということになりました。

#7 シルクをもっとカジュアルに
洗えるシルク、200匹の命、そして未来へ
──SILLKIさんの製品は全て洗えるのが特徴ですよね。シルクは洗濯できないと言われていますが、どうやって洗えるシルクを実現したのでしょうか。
川上さん:
実は結構工夫を凝らせば誰でもできるというか、シルク自体は洗えるんですね。作り方を考えればできる。
ただ、他のところはあまりやる人はいないと思います。やっぱり高い素材なので、シルクで作ること自体が結構リスクなんですよ、作る側としては。
私がアトピーで悩んでいた時、「もっとカジュアルに着れる服があればいいのにな」というのが一つアイデアとしてありました。
世の中には実はそういう服もあるんですけど、あまりメジャーではないので。ないものを作るって結構ロマンがあるなと思ったんです。

──製品の特徴を教えてください。
川上さん:
弊社の商品は全て内側がシルクになってます。
肌に当たる部分にシルクが全面に来るようにして、お客様にシルクの気持ちよさを色々な形で体感していただきたいんです。
例えばこのブランケットも、内側の白い部分がシルクで、色が付いてる方はシルクコットンだったりします。

色々特徴があるんですけど、まず軽いっていうのが大きいです。肩こりがないというか、年配の方も「年取るとシルクがいいわ」っておっしゃったりするんですけど、すごく軽いのが特徴的ですね。

旅行に行く時も軽いので、くるくるっとまとめてコンパクトに持っていけます。
あとはシルクの機能性が最大限に活きるように生地を設計していて、暑い場所ではちゃんと熱を逃がして、寒い場所では逆に保湿して保温する。そういう機能性が生きるように作っています。
──絹の持つ力を最大限に活用されたモノづくりだと感じました。
川上さん:
他にも、このアンクルウォーマーは冷え性の方におすすめです。

女性って冷えるんですよ、特に足先。意外と足首を温めるだけで全然違うんですよね。
女性は子宮があるので、内臓がこの辺複雑で冷えやすいらしいんです、構造的に。だから冷え性の人には、このアンクルウォーマーで足首を温めるのがいい。今、私も実際につけてます。

──ひとつの製品にはどのくらい蚕が使われているのでしょうか。
川上さん:
うちのパンツが215gで、シルク部分が40%だとしましょう。88gくらいですよね。1つの繭から取れる糸が0.4gなので、88を0.4で割ってみたら…200匹くらい。計算したことなかったですけど。
やっぱり命の重さっていうのは意識していて。何度も養蚕の現場を見ても、蚕が一生懸命作ってて「あ、これが洋服になるんだな」って思うんです。
だから端材も大事にして、物づくりをしています。
こないだ大日本市で賞を受賞したブランケットにしたりとか。ゴミですらすごくいい素材なので、無駄にしないで作ろうという考え方が根底にありますね。

──素材を無駄にせず、大切に使いきる。命への敬意を感じます。
川上さん:
はい。これはキビソと言います。キビソって糸は、元々カイコが一番最初に吐き出す糸で、普段使わないような糸なので、すごいラフなんです。

一番最初に吐き出した繊維を集めて1本の糸にしてます。
同じ考えで、カイコのせっかく吐き出した糸を無駄にしたくないということで、その糸を集めてアップサイクルしたものなんですね。
なので繭もそのままくっついてたりします。1本の綺麗な絹糸にならないから、本来捨てたりしてもいいぐらいなんですけど、もったいないですよね。
メーカーさんがこうやって集めて、機械を使って1本の糸にしてるんです。
──これからの展望を聞かせてください。
阿部さん:
やっぱり僕ら染織屋だから、生地の部分での知識はかなり持ってるんですよ。
だから今、商品として出してるのはほんの一部。アイデアとしてはいくらでもあるんです。

これをどういう形にしていくか。ファッションの世界でもあるし、クリエイティブなものも作っていかないといけない。
お肌に敏感な方、そういう人のためにっていう部分と、それからこれを、将来的には海外に持っていきたいですよね。
海外のお客さんにどれだけ魅力的なものができるか。それが最終的な目標かなというところがあります。
川上さん:
命の重さを感じながら作っているので、無駄にせず、大切に使っていきたい。そして、絹の良さをもっと多くの人に知ってもらいたいです。
