守破離の、その先へ。辿り着いた「離品」という宇宙観──螢窯・山上學<中編>

陶芸家を志すも芸大には進学せず、でつまみ食いの修行を重ねた山上さん。前編では、職人の学校でろくろを学び、釉薬を研究し、ウィーン工房の流れを汲む学校に行き、専門スキルを吸収してきた遍歴を辿った。中編では、陶芸家という職業の成り立ちから、山上さんが辿り着いた守破離を超えた離品という境地に至るまで。哲学や思想に迫ります。
山上學さん
1959年生まれの67歳。大阪出身。京都で陶芸と版画を学ぶ。1989年、栃木県茂木町に「螢窯」築窯。2004年沖縄県本島北部の大宜味村へ移住。沖縄の海をコンセプトにした独特の世界観とユーモアのある温かい人柄で多くのファンから親しまれる。
(※記事内容は取材当時の情報です)
第3章:陶芸家という職業の誕生
明治時代に板谷波山(いたやはざん)が作った「〜家」というジャンル
──山上さんは陶芸家という職業や歴史について、どう考えていますか?
そもそも陶芸家っていうのは、結構新しいジャンルなんです。
昔は有田焼の柿右衛門さんとか、大きな窯元があって、分業でできていた。代表が柿右衛門さんで、柿右衛門さんが全部やるわけじゃないんです。
江戸時代の頃に、東インド会社がオランダから来て、景徳鎮(けいとくちん)※2がダメになって明が鎖国したんですよ。
※2景徳鎮・・中国江西省にある陶磁器の巨大産地
それでベトナムと日本が磁器を作れたんですよ。
イギリスが当時磁器ブームで、東側の国でお金になるもんだから、ベトナムか日本かってなった時に日本の方がちょっと技術が上だった。
それで佐賀藩の有田焼が採用されたんです。そこから、莫大な量の海外のお客さんが日本についたわけです。
特にイギリスね、イギリス人はティーを飲むじゃないですか。日本の東洋的な壺をお金持ちはみんなコレクションしてたみたいです。
──その時代には、今で言う作家としての陶芸家はいなかったんでしょうか?
そうですね。陶芸家は明治時代、板谷波山(いたやはざん)という有名な陶芸家が、「陶芸家」っていう、「〜家」って書くジャンルを作ったんです。
画家とか小説家っていうジャンルと同じ。「〜家」の意味は、全部一人でできるってこと、ハウスでできるってことなんです。
板谷波山さんは、京都で同じく陶芸家の浜田庄司(はまだしょうじ)さんや河井寬次郎(かわいけんじろう)さん、思想家の柳宗悦(やなぎむねよし)さんと手を組んで「民藝運動※3」を展開していました。
イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動※4を少し真似した感じで、日本で民藝運動を始めたんです。
※3 民藝運動・・名もなき職人が作る日常の生活道具に美を見出そうとする「美の生活化」運動
※4 アーツ・アンド・クラフツ運動・・手仕事の美しさや職人技術の復興を目指す芸術・社会運動
元々、柿右衛門(かきえもん)さんとか、そういう昔の窯っていうのは、殿様に献上する焼き物で、民藝ではないわけです。千利休の楽茶碗とかも民藝じゃない。
それに対して、誰でも使えて、値段もそんなに高くない。今で言えば100円ショップみたいな位置付けだったのが民藝です。
──民藝運動は、それまでの美の価値観を大きく変えた運動だったんですね。
また、民藝運動とは別にクラフト運動というものもありました。
クラフト運動はデザインが中心で、グッドデザインの焼き物を作ろうっていうもの。民藝はその産地の特色も出ますが、クラフト運動はデザインに焦点をあてたよりシンプルなものです。
そうした運動が終わり、今は割とそうした運動を全部通り越して、自由な時代になってきたのかな。
僕は実技の方が好きだから、余計なものを勉強するより、「今これに興味がある」っていうところにまず行きたい。

──興味の追求で言うと、山上さんは現代アートにも取り組まれていたとか。
東京で現代アートの仕事もやってたんです。もう一切、焼き物もしないで(笑)
土以外のいろんな素材で現代アートってできるから、インスタレーションみたいなこともやって、銀座の画廊にも出したりしてました。
別に売れる売れない関係なしに、小さな画廊を借りて自分のやりたいことを表現する。それを『美術手帖』とかそういうところが拾い上げてくれるわけです。
そこには評論家の卵みたいな人が毎週、毎月、書いてくれるわけ。
──焼き物とアートの違いはありますか?
基本的にはアートも焼き物も同じだと思ってます。
アートは皆さんもご存知の通り自己表現がアートになったのですが、元々は西洋のアートも職人だったんです。
写真ができた頃に、絵には革命がおきたでしょ。印象派っていうのが出てきて、もう写真みたいなの描いてても無駄だろうと。そこに思想とかいろいろ出てきた。
日本の場合は、明治の頃にアートという言葉がなかった。誰かがアートっていう言葉を訳したわけです、芸術と。

第4章:守破離、そしてその先にある「離品」
神品・妙品・良品。宇宙観としての焼き物
──山上さんの作品には、技術を超えた世界観を感じます。その思想について教えていただけますか?
技術と宇宙観ってすごく似てるんですよ。「守破離」って言葉があるでしょう。あれ、結構当たってるんですよね。一種の宇宙観なんです。
物の質について考えてみると、不良品があって、その上に「良品」がある。良い品物ですね。その上には何があるか思いますか?
──芸術品ですか…?
ううん。「妙品」って言うんです。「妙」っていう字は、優れたっていう意味ですね。良い品物より優れた品物があって、その上にまたあるんです。
──全く検討つかないです…名品ですか?
名品も1つなんだけど、名品は誰かが名前をつけるもの。正解は「神品」神の品です。
神様に使う道具も神品なんだけど、神に近いような品物っていうのが神品。図形をイメージしてもらうと「神品、妙品、良品」という三角形の構造です。
──「神品、妙品、良品」初めて知りました。
でも実はもう一つあるんです。「離品」って言って、離れた品って書く。それは宇宙だと思うわけです。
人間界の中では、この三角形「神品、妙品、良品」の仕組み/構造を作ってるんですよ。
だけど、離品っていうものがあるんです。その離品っていうのがなかなか分からないんだけど、それは宇宙観だと思います。
──全く違う宇宙みたいな。
そうそう。だから私たちは、この三角形の社会だけで生きてる人が多いんだけど「離品」っていうものもあると思う。それが多分、宇宙観ですよね。
──守破離の「離」とも通じますかね。
そうです。守破離と一緒で、最後に離れるっていうこと。人間界の物の中から離れてみるということです。
僕は神品みたいなものが作れたらいいなって思ってるけど、目標は「離れる」ことかな。
ただ、若いうちっていうのは「守」です。師匠の「守」は大切ですよ。
基礎はめちゃくちゃ大切です。それがないと、もう本当に自分のエゴだけでもの作ってしまうので。
──山上さんにとって、宇宙の定義とは何でしょうか?
それはもうすごく難しくなるし、僕は科学者でもないし哲学者でもないんだけど。多分、本当は分からない。
分からないんだけども、その分からないことを生きるのが、表現っていうことなんです。
──分からないことを生きるのが表現。
その答えが分かったら、この世にいる必要もないじゃないですか。
多分、死ぬ瞬間や死んだ時に答えが分かるんじゃないですか。でも、冥界に行った人は誰もいないよね。
だから命っていうのは多分そういうことなんじゃないかな。僕だけじゃなくて、多分あなたも、誰もが同列にいるでしょう。
自分っていうものは、他者とも多分一緒だと思うんです。それを毛嫌いする場合もあるけど、多分それは同次元にいるからなんだろうな、きっと。
