神様と呼ばれた師匠から、桐生の現場に残る技術──桐生整染商事・阿部哲也、川上由綺<中編>

桐生の絹づくりは、技術だけで成り立ってきたわけではない。「神様」と呼ばれた師匠・木村さんが遺した教えは今も、桐生の現場に息づいている。
10社を巡り、1万本近い糸を人の手で通し、昭和製の織機でゆっくりと織られていく一枚の生地。桐生の絹づくりを支えてきた現場の知と技術、人のつながりに迫る。
阿部哲也さん
群馬県、桐生市にある桐生整染商事株式会社の専務取締役。家業である機織りの技術とシルクの知見を受け継ぎ、国内のメーカーとの取引や自社アパレルブランド開発も継承した第一人者。
川上由綺さん
桐生整染商事の自社ブランドSILKKIのプロジェクトリーダー。使い捨てでなく長く愛用でき、最終的には自然に還るようなサステイナブルな製品づくりに熱を捧げる。
(※記事内容は当時取材の情報です)
#3 「神様」と呼ばれた師匠が遺した、絹へのこだわり
ロスなく使い切る。 木村さんが教えてくれた、命と向き合う技術
──師匠である木村さんとの出会いについて教えてください。
阿部さん:
私が会社に入って3年後ぐらいの時に、木村さんが来てくれたんです。
当時、木村さんは桐生で一番大きなシルクの会社、大東絹布の専務だった方でした。私たちの会社は化繊主体だったんですけど、シルク専門の人が入ってきたということで「シルクも身につけよう」と。
私が一番若かったのと、剣道でも木村さんが師匠でもあったので、マンツーマンで教えていただくことになったんです。

──木村さんはどのような方だったのでしょうか。
阿部さん:
剣道の先生という怖いイメージがあるけど、木村さんはかなり優しい方でしたよ。ポイントだけ伝えるというようなタイプで、無駄なことは一切喋らないみたいな。
だから本当にわかりやすい指示をよくしてくれました。職人さんとはまたちょっと違うので、説明も上手でした。
木村さんは必ず日記を書いてるんですよ、毎日。自分が思ったこと、本日やったことっていうのを全て書面で残してあります。

──特に印象に残っている教えはありますか?
阿部さん:
やっぱり糸を無駄にしないということですね。
シルクは化繊と違って、糸自体が10倍くらい高価なんです。だから取り扱いには相当気を使っていましたね。
例えば注文が入って、糸が10kg必要だとしたら、本当にロスなく使い切る。ギリギリのところで計算して、無駄なく織っていく。
化繊の場合は多少糸が残っても、また他で使えるからいいんですけど、シルクの場合は長く置いておけないんです。
──なぜ絹は長く保存できないのでしょうか。
阿部さん:
セリシンというタンパク質がついている状態なら、ある程度は持つんです。
でもこれを除去した糸は、もうすぐ虫に食われちゃうんですね。虫にとっては大好物なんですよ。糸がボロボロになってしまう。だから取っておけないんです。
それと、その都度撚糸したり、ロットが違ったりすると糸の質が変わるので、混ぜて使うこともできない。ほとんどが使い切りという形でやっていますね。

──木村さんは「神様」と呼ばれていたそうですね。
阿部さん:
そうなんです。絹に関しては、もうこの界隈で「神様」って言われてたんですよ。
やっぱり桐生で一番大きなシルクの旗屋さんの専務をやってたので、かなりいろんなノウハウを知ってらっしゃったんだと思います。
現場にも入ったこともあるし、糸作りにはすごくたけていた。「これがダメならこれ」っていう、いろんな引き出しを持ってらっしゃったんですよね。
当初から他産地との繋がりもあったんです。糊をつけるんだったらここ、って全部知ってた。
当時の桐生は、みんな桐生で完結することしか考えてなかったんですよ。そういう意味では、木村さんのやり方は画期的でした。
ライバル会社の、大きい会社の社長さんたちも木村さんに会いに来るんです。
木村さんはまた人がいいんで色々教えてあげるんですよね。そうすると他のライバル産地からも来るんです。いろんな方との繋がりもあったし、すごく頼られてましたね。
──木村さんに解決してもらった印象的なトラブルはありますか。
阿部さん:
ありますよ。シルクってカセという状態でブラジルから輸入されるんですけど、ビニール紐で縛ってあるんです。
その際に、糸の中にビニールが混入することがたまにあって。透明だから気づかずに織って、生地を染めた時に点が出たりするんですよ。

これを「PP」って通称で呼んでるんですけど、簡単なものはピンセットで取れるんですが、取れない場合は特殊なドライヤーを使うとキュッと溶けて分からなくなる。そういうのを教えてくれたんです。
糸メーカーさんから借りたりして。今は長い経験でどこのどの糸を使ったらいいか分かってますけど、やっぱりある程度レベルの高い、高価な糸を買わないとそういう問題が起きやすいんですよね。
ひどい時は韓国まで検査に行ったこともありました。製品が上がったら韓国の工場から傷だらけだって言われて。
木村さんが現地に行って「元々糸の問題だ、天然素材だからしょうがない」って言い切って帰ってきました。クレームは来ませんでしたが、飛行機代かかっちゃいましたけど(笑)。

#4 一枚の生地ができるまで
10社を巡る糸の旅。職人たちが紡ぐ、桐生の絹織物
──生地ができるまでに、どれくらいの工程があるのでしょうか。
阿部さん:
まず糸屋さんからスタートして、撚糸屋さん、それから染め屋さん、糸染め屋さん、それから分割屋さん、整経屋さん、引き込み屋さん。
今度弊社で織って、織ったものを今度また生地染め屋さんの方で加工して、で、最後に整理屋さん。
川上さん:
全部で10社くらいですかね。
──それぞれの工程で、どんな職人技があるのでしょうか。
阿部さん:
例えば、引き込みでは、この綜絖(そうこう)の穴に1本ずつ糸をずっと通していくわけですよ。

順番を間違えちゃもういけないし、間違えると筋ができちゃったりするんで。
大体1万本近くあるんですが、それを1日半でやってしまうんですよ、職人さんたちは。ものすごいスピードで、1本ずつ通していくわけです。
──若い職人さんは入ってきているんですか?
阿部さん:
いや、入ってないですよ。
だから今、依頼している福島の外注さんでも、人手が足りないということで、福島の助成金を使って機械を導入したんです。そこで半分以上対応してもらっています。
導入しているのは1983年製の古い機械なんですよ。それを全部解体して、もう1回組み立てて使っている。
なぜ中古かというと、最新の機械だと7000万とかするんです。買えないし、ペイできない。だから中古の機械をうまく利用しています。
本当に気が遠くなるような仕事です。
──他にも衰退している技術はありますか?
阿部さん:
筬(おさ)というものがあるのですが、筬の会社も今、桐生にはついにゼロ社になっちゃいました。

これを作る会社が桐生からなくなって、今は金沢にお願いしています。金沢に1軒あるんです。
本当に今、メイドイン桐生で完結することがだんだんなくなってきていますね。他の産地と手を組まないと完結できないという状況です。
──使用している織機について教えて下さい。
阿部さん:
金沢の津田駒という会社の織機ですね。昭和53年製造なんです。

未だに現役で使っていますが、これじゃないと織れないんです。最新の機械だと逆に織れなかったりする。
マルチプレイヤーのように、いろんな縦糸をかけてもある程度織れる織機なので、弊社にとっては最高の織機だと思っています。
最近は速い織機がどんどん増えていますが、この織機はそこまで速くないんです。

遅い織機の利点っていうのは、空気を含むので仕上がりが柔らかいっていうのが、ひとつありますね。
なので、タッチ感。紙じゃなくて布なので、どういうものに仕上げるかにもよりますが、この織機でしか出せない風合いがあるんです。

──シルクを織るのに、特別な工夫はあるんですか?
川上さん:
元々シルクを織ってたのが始まりなので、糸が貼っている距離が長いのが特徴ですね。

このシルクの糸がバーッと張っていますが、ジーンズを織る産地に行くと、この距離がすごく狭いんです。
シルクを織る時は、糸が繊細な素材でよく切れるので、距離を長くすることで糸のテンションを均一にする必要があるんです。
逆にジーンズは、狭くすることで強度を出す。パンパンパンと力強く織るので、近い方がいい。そういう微妙な違いが、産地や工場によってありますね。

──今、何人で工場を回されているんですか?
川上さん:
今2人ですね。私と阿部さんと、あともう1人、本社に阿部さんの奥さんがいます。基本的にこの3人がメインで、できる範囲でやっているという感じです。
──2人だけで、どうやって工場を回しているんですか?
阿部さん:
この界隈に働いている人、まだいっぱいいるんですよ。この高齢の方々はみんな先生たちなんです。何かあった時は助けてもらってます。
私じゃなかなか来てもらえないんだけど、女性(川上さん)が「ちょっとすいません」って電話したら、「しょうがないな」と思って来てくれるんです。
川上さん:
確かに、それはあるかもしれません(笑)

阿部さん
優しいおじいちゃん達がいるわけですよ。これが実は私たちの根底にあるもの、技術力の根底なんです。